どのように景気の「山」「谷」判定は行われるのか?

 景気とは何なのか。何があれば景気がよいと言えるのか。これは難しい問題です。景気そのものを表現する単体の指標がありませんし、複数の指標で複眼的に見て「こうであろう」と判断せざるをえません。今回の景気基準日付の決定は、当時の月例経済報告による基調判断とかい離したことでも注目されました。景気動向指数研究会が「景気の暫定的な山に認定」とした18年10月以降、19年2月までの月例経済報告は「景気は、緩やかに回復している」としていたのです。

 ただ、先ほど紹介した記者会見において、西村大臣はよい点を指摘されていました。

第3次産業活動指数は景気動向指数の10項目に入っていません。他にも、サービス産業関連について、外食や旅行の取り扱いは入っておりませんし、住宅着工件数なども入っておりません。公共工事も入っておりません。それから、雇用についても、アベノミクスが非常に重視してきた総雇用者数や雇用者所得といったものも入っていません。そして何より、総合的な全体の経済を見るGDPも入っていない。

 研究会は景気基準日付を「経済の大半の部門を表現する指標」と言うけれど、そんなことないだろうというのが西村大臣の反論です。一理あります。

 まだ第19回の議事録が公開されていませんので、どのような議論が交わされたのかは不明ですが、名古屋商科大学教授の刈屋武昭委員が「景気概念と、それを表現する指数並びに景気判定法がかい離し始めている」とする問題意識を訴える「景気動向指数の見直しについて」というペーパーを配布しています。今後、研究会の中でも議論されることを期待します。

 これらのことを踏まえた上で、景気判断についての私の意見は明確です。なるべく機械的に判断すべきです。すなわち人間が恣意的な判断を下そうとすると、後から筆者のような人間にネチネチと指摘されるような状況が望ましい。なぜなら景気のような公共性の極めて高い判断を、ロジックも開示せず特定の人間によってのみ意思決定され、かつ後から誰もが検証できないのはおかしいからです。

 例えば、様々な数字をこねくり回した月例経済報告で「景気がまだ上向いている」と言われても、再現性をもって判断できる論拠(つまり景気が上向いているとするロジック)が全て開示されているわけではないので、どうしても信用できません。一方で、筆者が17年6月15日に開催された第17回研究会の景気基準日付についての判断を「疑惑の判定」と表現できたのは、それができるほど情報もロジックも公開されていたからにほかなりません。

 ただし、機械的な判断が「完璧」だとは思いません。機械的だからこそ「晴れときどき豪雨」のような一見矛盾する答えを出す可能性もあります。人間は答えに「論理」を求めますから、そうした矛盾を解消しようとして、結果的に多少恣意的にならざるを得ない場面もあるでしょう。第17回景気動向指数研究会の議事録を読む限り、委員の方が「ぎりぎり」と表現したのも、そうした心情にあったのではないかと推察します。

 本件は、新型コロナウイルス感染対策の「東京アラート」と似た問題をはらんでいると考えています。東京アラートは複数の指標をモニタリングして、基準を上回ったらアラートを掲げるというものでした。しかし、一度アラートを取り下げた後に、指標が再び基準を上回っても、様々な理由がつけられ、再び都庁とレインボーブリッジが赤く染まることはありませんでした。

 すなわち、機械的な判断をする装置から、意思決定権者の意思にそぐわない答えが出てきたら、私たちはどのように対応すべきなのか。従うのか、無視するのか。そのどちらにせよ、この選択の理由が、10年後、20年後の歴史的な検証に耐えうるように記録しておかないといけないのです。「なぜ?」の批評に耐えられない意思決定ほど、脆弱で、説得力に欠けるものはありません。

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