では、①波及度(経済活動の収縮が経済の大半の部門に波及)がどうだったかを見るための「ヒストリカルDI」の動きはどうだったのでしょう。ちなみに「ヒストリカルDI」は、上記した①~③の判定をする対象となる、「景気後退が始まったとする候補」を選ぶ際にも使われることは先ほど述べた通りです。その際の基準は前述したように「ヒストリカルDIの値が50%を下回る」というものです。

アベノミクス景気は14年3月に終わっていた可能性も

 あらためて今問題としている期間でヒストリカルDIの値がどうだったかを見てみましょう。14年4月から16年2月までの間、ヒストリカルDIは50%を下回っていました。そこでルールに従って14年3月が「山」の「候補」であると機械的に判定されたのです。

 その上で、①の「波及度」はどうだったかを見てみましょう。これは「経済活動の収縮が経済の大半の部門に波及」しているかを判断するためのものです。目安として、山とみなした月以降のヒストリカルDIが0%近傍まで下降したかを見ます。この①の波及度の条件を満たせば、②量的変化、③拡張・後退期間は条件を満たしているのですから、14年3月が景気の山だった、つまりこの後、景気の後退が始まったと言えます。

 対象となった期間のヒストリカルDIの最低値は下のグラフのように15 年2~3月の 22.2%でした。この数値に対して研究会では「この間において経済活動の収縮が大半の部門に持続的に波及したとは言えない」と判定しました。ヒストリカルDIが目安である0%近傍まで下降していない、というのが理由です。

ヒストリカルDIの推移
ヒストリカルDIの推移
第17回景気動向指数研究会資料2「ヒストリカルDI(一致指数)の推移」より引用
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 しかし、当時の議事録には「『波及度』がゼロになっていない点が山を認定できないほとんど唯一のポイントになっており、ぎりぎりの判断」「『波及度』についてヒストリカルDIをみると、14年以降は22.2%までしか落ちていないが、第15循環の後退局面の最低値も20.0%とほぼ同程度」と書いてあり、本当に首の皮一枚でつながった判断だったと分かります。もしかしたらアベノミクス景気は14年3月に終わっていた可能性すらあるのです。

 本件について、最も意地の悪い意見を言うならば、次のようになるでしょうか。「このとき研究会は1度政権にそんたくしたのだから、今回の第16循環の正式判断の際に、戦後最長だとするような2度目のそんたくはしないよね」。

 参考までに、ヒストリカルDIの算出に関係する当時の各指標のトレンドが、プラス(上昇)とマイナス(下降)のどちらに振れていたかが分かる表を掲載しておきます。ヒストリカルDIはこの10指標におけるプラスの比率を出したものです。これを見ると、14年2月にいくつかの部門で「マイナス」が付き始めました。ヒストリカルDI(一致指数)は66.7%となります。そして、4月以降は半数以上の指標がマイナスとなり、ヒストリカルDIが33.3%と50%を割りこみます。このため14年3月が「景気の山だったのではないか?」と議論されたのです。

第15循環の景気のヒストリカルDI(一致指数)
第15循環の景気のヒストリカルDI(一致指数)
第17回景気動向指数研究会資料2「第15循環の景気の谷以降の状況」より引用
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 ちなみに、18年10月を景気の山とした今回の認定の場合、ヒストリカルDIは18年11月に50%を下回る30%となりました。このことから18年10月が景気の山の候補となったのです。

 このヒストリカルDIは、その後19年5月まで30%を続け、6月にはついに0%となりました。第19回景気動向指数研究会の資料によれば最新の20年5月まで0%が続いています。新型コロナウイルスの感染拡大前から、ヒストリカルDIは「0%近傍」どころか0%だったのです。そうした状況の中、19年1月に安倍首相は、今の景気回復期が戦後最長となった可能性が高い、と語っていたわけです。

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