「平均寿命」が低い理由

 ではなぜ、江戸時代の平均寿命が30代だといわれていたのでしょうか。理由は単純で、昔は乳幼児が多く死んでいたからです。先にあげた信濃国伊那郡虎岩村の生命表で0~4歳の平均余命が、5~9歳より低いのも、理由は同じだと思われます。

 1998年に発表された「人口動態統計100年の年次推移」をグラフ化してみました。1899年以降の新生児・乳児死亡数の推移が分かります。ちなみに、生後4週未満を「新生児」、新生児を含む1歳未満を「乳児」と呼びます。また、戦中・戦後の混乱で約3年分のデータが欠落しています。

1899年以降の新生児・乳児死亡数の推移
1899年以降の新生児・乳児死亡数の推移
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 また、死亡率(出生千対)は以下のような推移です。こちらの方が出生数の増減の影響を受けないので分かりやすいでしょう。

1899年以降の新生児・乳児死亡率(出生千対)の推移
1899年以降の新生児・乳児死亡率(出生千対)の推移
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 1918年に死亡率が上昇しているのは現在の新型コロナ禍の中で注目されているスペイン風邪によるものと考えられます。乳児の数字は188.6を記録しました。生まれて1年たたないうちに、その約20%が亡くなるなんて残酷過ぎます。

 新生児は生後28日未満でありながら、生後1年未満の死亡数・死亡率の約半分を占める時代が長らく続きました。つまり「赤ちゃんは生まれてすぐ亡くなってしまう」時代だったと言えます。お世継ぎを残すために徳川将軍家が「大奥」を設けたのも、男子を産むという理由だけでなく、男子が生まれても早期に亡くなってしまう可能性があったからです。

 見方を変えれば、人類は「赤ちゃんは早くに亡くなってしまう」という現実と戦い、1920年以降にその戦いにようやく勝ち始め、戦後は一貫して勝利し続けたと言えるのです。冒頭で触れた通り、「公衆衛生の改善」「医療環境の充実」のおかげです。

 過去を振り返れば、私たちは困難な時代を乗り越え、時間がかかったとしても「早死に」を大きく減らすことができました。その結果として、目に見えて平均寿命(0歳の平均余命)を延ばすことに成功しました。今はまだ収束の糸口が見えていない新型コロナウイルスについても、同じように困難を乗り越えられるであろうと信じる他ありません。

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