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 公的統計データなどを基に語られる“事実”は、うのみにしてよいのか? 一般に“常識“と思われていることは、本当に正しいのか? 気鋭のデータサイエンティストがそうした視点で統計データを分析・検証する。結論として示される数字だけではなく、その数字がどのように算出されたかに目を向けて、真実を明らかにしていく。

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 2015年12月25日、広告代理店電通の社員・髙橋まつりさんが社員寮から飛び降りて自殺する痛ましい事件が起きました。事件から9カ月後の16年9月30日、三田労働基準監督署は、髙橋さんが自殺したのは長時間労働によって「うつ病」を発症したのが原因と判断し、労働災害(労災)だと認定しました。

 労働災害とは「労働者の業務上または通勤途上における死傷病など(負傷・疾病・障害・死亡)」を指します。重要なのは「業務または通勤」と「死傷病など」の因果関係です。因果が認められなければ労働災害とは認められません。そして、直接的な因果をひも付けるのが難しい。しかし髙橋さんの場合は、三田労働基準監督署が「業務に起因して死亡した」と認定しました。

 必ずしも本事件が全てのキッカケとはいえませんが、改めて「過労死」に注目が集まり、18年には働き方改革関連法が成立しました。時間外労働の上限規制、有給休暇の消化義務など、長時間労働を是正する一定の抑止効果が期待される施策がとられました。

 働き過ぎで、命を落とすのはよくない。労働者や経営者の立場を超えて、誰もが賛同を示すはずです。ですが、そのために一定の規制をかけようとすると、ややもすると働かせている側の「経営者」が反対するのはなぜでしょう。理屈がわかりません。

 今回は、改めて「労働災害と過労死」について注目しました。

そもそも「過労死」とは何か?

 「過労死等防止対策推進法」によると、「過労死」について第二条で以下のように定義されています。

業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡
業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
これらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害

 法案では「過労死」ではなく「過労死”等”」となっています。その理由は、死に至らずとも、何らかの病を抱えてしまうことが想定されるからです。

 法律では「業務における過重な負荷による脳・心臓疾患による労働災害」「業務における強い心理的負荷による精神障害を発症したことによる労働災害」の2種類に分かれていますが、要は身体が悲鳴を上げるか、心が悲鳴を上げるかのいずれかです。最悪の場合、死亡事件(過労死)に至ると考えればいいでしょう。

 「令和元年版過労死等防止対策白書」によると、平成12年(2000年)度以降の労働災害の請求件数は以下のように推移しています。脳・心臓疾患による請求は約20年間でほぼ横ばいですが、精神障害による請求はおよそ9倍に膨らんでいます。

労働災害請求件数の推移
「令和元年版過労死等防止対策白書」より

 ただし20年前に心理的負荷による精神障害がどこまで理解されていたかを考えると、筆者はこの数字をそのまま受け止めることにはためらいがあります。実際には請求されなかった事案が多かったのではないでしょうか。