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 公的統計データなどを基に語られる“事実”はうのみにしてよいのか? 一般に“常識”と思われていることは、本当に正しいのか? 気鋭のデータサイエンティストがそうした視点で統計データを分析・検証する。結論として示される数字だけではなく、その数字がどのように算出されたかに目を向けて、真実を明らかにしていく。

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 世帯の生活水準を示す指標の1つに「エンゲル係数」があります。

 エンゲル係数とは、家計の消費支出(世帯を維持していくために必要な支出)に「飲食費」が占める割合を指します。ドイツの社会統計学者であるエルンスト・エンゲルが1857年に発表した論文が元となっています。

 彼は、水や食料などの飲食費は人間が生きるうえで最も根源的な消費活動で、「極端な節約」は困難だと説きました。つまりエンゲル係数が高い家計は食費以外に生活費を回す余裕がなく、生活水準が低いと理解できるというものです。下に示した図から、消費支出が少ないほど、飲食費が占める割合が高くなると考えられています。

収入が少ないと消費支出に占める飲食費の割合(エンゲル係数)は増える
左が消費支出と飲食費(内訳)。一般に消費支出に飲食費が占める割合は消費支出が低いほど高くなると考えられている

 ちなみに国単位の比較は意味がありません。なぜなら、その国の食事文化として外食が多いか、酒をよく飲むか、食材が安価かなどの複合要因が絡み合うからです。あくまで国内の時系列比較にとどめるべき指標です。

2014年から16年にかけて急上昇したエンゲル係数

 さて、エンゲル係数は敗戦後、60%前後という高い数値から低下を続けました。日本の生活水準が高まっていく象徴として「エンゲル係数」はよく引き合いに出されたものです。そして、2005年には最低の22.9%まで下がり、その後13年までの8年間で0.7%しか上がりませんでした。

 しかし、そのあとの14~16年の間の3年間で2.5%も上昇しました。16年のエンゲル係数は25.8%となり、1987年以来29年ぶりの高水準となったのです。日本経済新聞でも、「エンゲル係数29年ぶり高水準 共働き増・値上げ…」という記事を掲載しています。

エンゲル係数の変化(2人以上の世帯)
2014年から16年にかけてエンゲル係数が急上昇した(12カ月移動平均法を用いて家計調査の月次データを筆者が加工)

 この急上昇について、その理由を安倍首相は以下のように説明しました。

今回、エンゲル係数が上昇した背景としては、天候不順などの影響による生鮮食品の価格高騰などの物価上昇のほか、高齢者世帯や夫婦共働き世帯の増加を背景に、外食や総菜など調理食品への支出志向が高まっていることなどによるものと認識をしております。

衆議院財務金融委員会(2017年2月24日)

2人以上の世帯のエンゲル係数は2005年を底に上昇傾向にありますが、これは物価変動のほか、食生活や生活スタイルの変化が含まれているものと思います。

参議院予算委員会(2018年1月31日)

 世帯の生活水準を示すエンゲル係数の上昇を、「物価変動」「食生活や生活スタイルの変化」とする安倍首相に、野党は何度も反発しました。その底流にはアベノミクスによって、生活水準が下がったという考え方があります。当時、エンゲル係数の上昇の理由については、将来不安による消費支出の減少、食料価格の上昇、高齢化、消費税増税など様々な分析がされました。

 しかし、「そもそも論」として問いたいのは、150年以上も前に発案されたエンゲル係数は今でも有効なのかということです。