公的統計データなどを基に語られる“事実”は、うのみにしてよいのか? 一般に“常識“と思われていることは、本当に正しいのか? 気鋭のデータサイエンティストがそうした視点で統計データを分析・検証する。結論として示される数字だけではなく、その数字がどのように算出されたかに目を向けて、真実を明らかにしていく。
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2021年1月7日、首相官邸で新型コロナウイルス感染症対策本部が開催され、3度目の感染拡大を受けて東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県に対して緊急事態宣言の発出を決定しました。また、同月13日には関西の大阪、兵庫、京都の3府県と東海の愛知、岐阜2県、福岡、栃木両県の合わせて7府県を、緊急事態宣言の対象とすることが追加決定されました。
「感染症対策本部第51回」の資料には、緊急事態措置の具体的な内容が記載されています。前回の緊急事態宣言と異なり、感染リスクが高いとされる飲食店への対策やテレワークの推進に重点を置くなど、対策の対象を絞った内容になっているのが大きな特徴でしょうか。
特に集中的に対策の対象となったのが飲食店です。感染症対策本部の資料では、「感染リスクが高いと指摘されている飲食の場を避ける観点から」と明記した上で、居酒屋を含む飲食店の他、喫茶店、バーやカラオケボックスなどに時短要請を行うと記載されています。
ちなみに政府新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、20年12月21日に開かれた臨時の記者会見で、都内の感染者の6割を占めるリンク(感染源)を追えない経路不明者(孤発例)について、「これまでの傾向などから、このうちかなり多くの人が飲食店で感染していると考えている」と明言していました。
また20年12月23日に開催された「新型コロナウイルス感染症対策分科会第19回」では、飲食を介しての感染が多いとされ、忘年会・新年会は控える、年末年始の買い出しや初売りも混雑が予想される時間を避ける、帰省は慎重に検討する……などの提言がなされました。資料では、これらを”急所”と表現しています。
飲食店での感染数は多い
出典:新型コロナウイルス感染症対策分科会第19回資料「現在直面する3つの課題」
しかし、“飲食店”に焦点を絞ったメッセージは、国民に誤解を抱かせるのではないかと危惧しています。「宅飲みならよいだろう」と、換気されていない自宅で感染する、あるいは「飲食店ではないから」と大規模施設のフードコートで食事をして感染する例もあるようです。
21年1月5日に開催された「新型コロナウイルス感染症対策分科会第20回」の資料では「飲酒の有無、時間や場所に関係なく、飲食店以外にも職場や自宅などでの飲み会(いわゆる「宅飲み」)や屋内でのクラブ活動など多様な場での感染が相対的に増えている」と明記しています。
結局、私たちはどうすべきなのか。本当に「飲食」だけに気を付ければよいのか。実際の感染傾向から違う事実が見えないのか。今回は一般に語られることのないジオデータ(地理的位置情報)を基に検証します。
ヒートマップで感染拡大を可視化してみる
第2波以降、20年9月から第3波が拡大した12月にかけて、どのように感染が広がったのか、地図上にヒートマップで可視化してみました。QGISと呼ばれるオープンソースのGIS(地理情報システム:geographic information system)ソフトを利用しました。
基となる感染場所のデータは、JX通信社が保有する「感染事例が報告された場所」のリスト約2万件を利用しました。ただし、このデータは、感染経路不明は追えない、家庭内感染は追えないなどのデメリットはあります。一方、市区町村レベルでデータを分類しているというメリットがあります。
地図上に表現された四角は、「3次メッシュ」と呼ばれる縦横1kmのエリアです。そこに付けられた色はそのエリア内で報告された感染事例件数を示します。薄緑は1件、サーモンピンクは2件、赤は3件、赤茶は4件、黒は5件以上となります。
感染事例が報告された場所(2020年9月)
データ提供元:JX通信社
感染事例が報告された場所(2020年10月)
データ提供元:JX通信社
感染事例が報告された場所(2020年11月)
データ提供元:JX通信社
感染事例が報告された場所(2020年12月)
データ提供元:JX通信社
このヒートマップから2つのことが分かります。
1つ目は、感染が収束傾向にあった20年9月ころから一貫して、東京の都心部は赤黒くなっていることです。都心をズームして見てみましょう。
感染事例が報告された場所(都心部、2020年)
データ提供元:JX通信社
これを見ると、新宿駅周辺、渋谷駅周辺、東京駅(丸の内・八重洲)周辺で一貫して感染報告が集中していることが分かります。内訳を調べてみると、多くはオフィス・事業所での感染報告事例だと分かりました。
新型コロナウイルス感染症対策分科会では「気づかぬうちに、親しい友人や職場の仲間に感染させてしまう」(分科会第19回資料「現在直面する3つの課題」)と報告されています。まさに、自分が感染していると気づかぬうちに出社して職場(事業所や病院、福祉施設など)で感染を広げてしまっていると考えられます。
2つ目は、感染が拡大傾向にある20年11月頃から、徐々に関東平野一円に感染が広がっていることが分かります。特に12月は神奈川県小田原市、同茅ヶ崎市、同横須賀市、千葉市、さいたま市などで大規模な感染が報告されています。
飲食行為が“急所”だとしても、店舗に時短要請を出すだけでなく、感染が広がる原因の“根元”にトドメを刺さなければ、感染は収束に向かわないのではないかと考えます。根元の1つだと考えられるのが「移動」です。
移動自体を制限せざるを得ない
移動に関連して言えば、京都大学大学院の西浦博教授が「人との接触を8割減らす」ことを主張し、“8割おじさん”と呼ばれたことを改めて思い出します。接触機会を減らすことが大事なのは、人と人との接触が少なければ少ないほど、それが人に「うつさない」、人から「かからない」確率を高められるからです。
「移動」が感染拡大の根元の1つとされるのは、接触機会を減らせるからです。人が動くことそのものがリスクなのではありません。リスクとなるのは移動の結果、特定のエリアに人が集中するからです。人が集まる場所に1人でも感染者がいれば、一気に感染が拡大する(=クラスターが発生する)可能性が高まるのです。
1度目の緊急事態宣言では「ほぼ8割削減」を各地で達成できました。では、現在はどうなっているのでしょうか。「V-RESAS」に掲載されたデータを見てみましょう。V-RESASは地方創生の取り組みを情報面から支援するために、内閣府が提供しているサイトです。新型コロナウイルスが地域経済に与える影響を知るため、また感染症拡大の収束後に地域経済を再活性化させる施策立案に役立てられるよう、必要なデータを見える化しています。
下のグラフは新宿駅と東京駅周辺における滞在人口の前年同週比の推移です。
滞在人口の前年同週比推移 新宿駅
出典:V-RESAS(「市区町村」データは非表示にした)
滞在人口の前年同週比推移 東京駅
出典:V-RESAS(「市区町村」データは非表示にした)
前回の緊急事態宣言中はほぼマイナス80%近くまで減少していますが、以降はマイナス30%からマイナス40%程度にとどまっています。減ってはいるものの、この程度の減少では、感染拡大を食い止めるには不十分かもしれません。だからこそ、ヒートマップで見たように東京駅や新宿駅の周辺が常に赤黒いのでしょう。
では、20年11月以降に感染が拡大した小田原駅や千葉駅周辺はどうでしょうか。
滞在人口の前年同週比推移 小田原駅
出典:V-RESAS(「市区町村」データは非表示にした)
滞在人口の前年同週比推移 千葉駅
出典:V-RESAS(「市区町村」データは非表示にした)
これを見ると、小田原駅周辺も千葉駅周辺では、滞在人口は少ししか減っていないことが分かります。小田原駅周辺では20年11月以降は0%(推定居住地が県内の人)にまで高まっています。こうした状況で、「3密」や「感染リスクが高まる『5つの場面』」にさらされたら、より多くの人に感染が広がるのも当然です。
※感染リスクが高まる「5つの場面」:新型コロナウイルス感染症対策分科会が感染リスクが高まるとした「飲酒を伴う懇親会等」「大人数や長時間におよぶ飲食」「マスクなしでの会話」「狭い空間での共同生活」「居場所の切り替わり」のこと
今回の緊急事態措置では、「リモートワークを強力に推進」も挙げられました。ただし、前回の緊急事態宣言時に唱えられた“8割、人との接触を減らす”とは違い、7割削減の対象は「出勤者数」でしかありません。かつ「達成すべきだ」ではなく「目指す」という目標にとどまっています。それでも、リモートワークの推進は感染対策の根本の1つである、「移動を減らす」ことに役立つことは確かでしょう。
今回の緊急事態宣言には、時短要請に従わない飲食店の名前を公表することが盛り込まれました。感染対策の徹底のためというのなら、対策を実施しなかったときの影響の大きさから考えて、従業員に出社を強制し、かつ20時以降も働かせて密な環境を従業員に強制し続ける事業所の名前も同じように公表すべきでしょう。
感染対策を呼び掛けても、耳を傾けない人が生まれてしまった
悩ましいのは、人々の心の持ちようが昨春とは違ってきていることです。1回目の緊急事態宣言時と違い、2回目を迎えた私たちは、その真偽はともかく新型コロナウイルスに関する「知見」や「経験」を増やしてきました。その結果、全く科学的な裏付けがないのに、「マスクをしなくても感染していない」「会食をしても感染しなかった」といった「生存者バイアス」(成功した都合のよい結果のみを基準に判断をし、それに付随する失敗、誤りを見過ごす人間の性質)に陥っている人たちが、一定数いるように思えます。
感染する、感染しないを「確率論」で考えたとき、たまたま感染しなかったからといっても、この先も感染しないとは限りません。主観的な思い込みなど何の役にも立たないのです。この期に及んでも「私の周囲には感染者なんかいないから大丈夫」と言っている人がいて、私は心底驚きました。
何より恐ろしいのは、いわゆる知識人と呼ばれる人たちの中に「コロナ脳」「インフルエンザの方が怖い」「コロナは専門家とメディアが作り上げたフェイクニュース」「コロナはたいしたことがないので経済を回し続けろ」と主張し続ける人がいることです。個人のオピニオンを止める権利は私にありませんが、感染後の後遺症について全容が解明されていないのに「死なないんだからいいだろ」と言わんばかりの発言があることにはさすがに驚きを隠せません。
もはや、私たちは完全に分断されてしまいました。これまでの施策に色々とまずかった点はあると思いますし、その手法に疑問がないわけではありません。しかし、こうも「団結」できない状況が生まれるとは……。緊急事態宣言で感染対策を呼び掛けても、耳を傾けない人は一定数存在するのが現状です。そうしたことを前提にした対策、施策が必要になってきています。
そのためには、国民を動かす政治家のリーダーシップも重要な要素となるのではないでしょうか。そこが1回目の緊急事態宣言が発出されたときと大きく変わったように思えます。
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