2019年1月に世に出た話題の本『天才を殺す凡人』。本連載では著者の北野氏が、幅広い業界のキーパーソンと対談。組織やチーム、そして人間に宿る「才能」を生かす方法を探る。
連載6回目のゲストとして登場するのは、食品メーカー大手、カゴメの寺田直行社長だ。保守的な傾向の強い食品メーカーの業界にあって、カゴメは、社員の働き方やキャリアパス、中途採用戦略など、人を巡る改革を次々に実践している。また「働き方の改革は生き方改革」と掲げ、副業を解禁したり、役員も評価を受けて報酬に反映させたりすなど、一歩先を行く取り組みを行っている。寺田社長は、改革を通してカゴメをどのような企業に変えようとしているのか。インタビュー前編では、寺田社長が掲げる「働き方の改革は生き方改革」という言葉に込めた思いについて話を聞いた(詳細は「『変化に疎い』カゴメで働き方改革が急速に進んだワケ」)。後編となる今回、カゴメの寺田社長は「社員にも転職を勧めている」と明かした。どんな思いがあるのだろうか。(構成/宮本 恵理子)
北野唯我氏(左)とカゴメの寺田直行社長(撮影/竹井 俊晴、ほかも同じ)
北野氏(以下、北野):寺田社長とお話ししていると、ものすごく仕事を楽しんでいらっしゃる様子がビンビン伝わってきます(詳細は対談前編「『変化に疎い』カゴメで働き方改革が急速に進んだワケ」)。
きっとこれまでも、ご自分や周りの人が楽しく働ける環境づくり、それぞれの才能が発揮できる組織づくりに関心を持って、取り組まれてきたのだと想像できます。会社という組織の中で、個人の才能が生きる場面は、どうやったらつくれると思いますか。寺田社長の経験から伺わせてください。
寺田社長(以下、寺田):残念ながら、会社という組織では、天才的な才能は潰されやすいというのが現実なのでしょうね。しかし私が『天才を殺す凡人』を読んで改めて思いを強めたのは、会社を構成する一人ひとりに違った才能があり、その発揮のされ方も多様である、ということでした。
私自身の経験を振り返ると、リーダーとして一番成長できたのは、最初に部下を持った時でした。
35歳くらいで初めて課長になったときに持った部下が5人。能力も性格もバラバラの5人でしたが、つぶさに見ると、一人ひとりすばらしい能力を持っていると気づきました。
そのうちの1人にA評価を付けたところ、上長から呼び出されて文句を言われたんです。「なんで愛想もないようなあいつを評価するんだ」と。悲しいかな、評価の大半は「思い込み」や「決めつけ」に左右されていたわけです。
当時の私は反論しました。「彼の靴底を見ましたか。刑事並みにすり減っているでしょう」、と。
北野:部下の靴底まで見ていたんですか。
寺田:その部下は、口下手でアピールをあまりしないタイプでした。けれど営業成績はしっかりと上げていた。「どうやって営業しているの」と聞くと、商談が決まらなかった個店を、週末も使って回っていたことが分かったんです。
確かに彼の担当する店を訪ねてみると、「おたくのセールスはしょっちゅう来てくれるよ」とすこぶる評価がいい。口下手でも、とにかく現場を歩いて仕事する人もいる。能力は多様であることを実感しました。
同じように、目標の立て方や報告の仕方にも個人差があって、ある部下は明らかに見通しが甘くて、ある部下は慎重すぎるほどの慎重さで進めていく。それでも全員を組み合わせると、なぜかバランスが取れて、私の予測がピタリと当たる。人間が集まる組織は面白いものだなと心底、思いました。
北野:寺田社長のように、人それぞれの個性や能力の違いを見極め、かつ全体の調整を得意とする上司に出会えたら部下はラッキーでしょうね。
逆に、個人の才能を殺してしまう組織のバッドアクションは何でしょう。
うちにはもったいない、と採用しない企業の論理
寺田:その組織では生かしきれないほどの才能に出会ったときは、採用しないかもしれません。「彼はうちにはもったいない。もっといい場所があるはずだ」と。
北野:特に日本企業ではよくある話だと思います。
寺田:排除する方がもったいないですよね。なぜそう判断するかというと、採用活動で社会適応力を重視している企業が多いからでしょう。協調性を重視するあまり、会社側は知らず知らずのうちに個人の才能を殺してしまう。それは入社後にも起きていることでしょうね。
もっと言えば、人は見た目の印象でその人の内面まで判断してしまいがちです。それも一度思い込んだ評価をなかなか変えることができません。人は、自分自身を変えることも難しいけれど、他人に対する見方を変えることも難しい。
才能は誰しも持っているし、決して一面的に語ることのできないものです。そう強く心に留めておかないといけない。
北野:寺田社長ご自身は、会社員生活の中で能力が磨かれていった実感はありますか。
寺田:もちろんあります。私はもともと直感型の人間で決断も早い方ですが、「方針を示して率先垂範する」というリーダーのスタイルを確立できたのは、会社で学んだ経験によるものです。
人を納得させるには、共感を得られないといけない。いかに共感を集めるかと知恵を絞り、行動で示す努力をマネジャー時代からずっと続けてきました。そして、それがいつの間にか自分のスタイルとして定着していった。最近は、率先垂範よりも伴走型のマネジャーがいいといわれているようですが。
北野:伴走型リーダーシップのスタイルは10人、20人くらいのチーム規模だとイメージできますが、500人以上の組織になると難しそうですよね。
寺田:無理でしょうね。だから、伴走型のリーダーシップが可能な規模の単位で、マネジャーにその役割を担ってもらうということでしょうね。
北野:寺田社長が今、課長クラスのマネジャーに伝えていることはありますか。
寺田:割とボロクソに言っています。「課長が変わらないからこの会社は変われないんだ」とか。あまりプレッシャーはかけたくないけれど、やっぱり課長の役割は重要です。
会社が変革しようとするときは、上から変わろうとします。大体、部長くらいまでは意識が浸透して、若手社員も適応力が高い。一番まだら模様になりがちなのが課長クラスなんです。社歴もそこそこ長くて、どうしても保守的になって硬直化してしまう。
北野:変わろうとしない人にはどう働きかけるのですか。
社長が社員に転職を勧める!
寺田:その場合はチェンジしてもらうしかありません。会社の方針ですから、仕方がありません。
ただ一方で、期待しているのは中途採用で仲間になってくれた社員たちです。ずっとカゴメの色に染まってきた人間ばかりだと、どうしても「あうん」の呼吸で決まってしまうことも多くなります。けれど、外から来た人はそれに対して平気で「おかしい」と指摘します。だから、私は社員にも転職を勧めているんです。
北野:社長が社員に転職を勧めている、というのは衝撃的です。
寺田:もちろん、転職をしてもいいんです。だって一度しかない人生だから。ただし、絶対に辞めてほしくない優秀な人に出ていかれると困るから引き留めはします。
そのときには、自然と報酬をプラスオンする交渉も始まるでしょう。そうやって報酬も個別に条件を決める制度に変わるのだと思います。これまでのように「部長になったから、いくらになる」という一律の制度はいずれなくなると、私は見ています。
北野:僕の1作目の本『転職の思考法』で結論に書いたのがそんなメッセージでした。「いつでも転職できる優秀な人材がそれでも辞めないのが、最強の会社だ」と。
個人が自分の市場価値を高めながら、いつでも転職可能な人材になる。一方で企業はそんな人材を引き留められるだけの魅力を高める努力をする。互いに高め合う企業と個人の関係こそ理想ではないかと考えています。
寺田:おっしゃる通りです。市場価値の高い社員が長く在籍してくれる会社にしないとダメなんです。「働きやすく、働きがいのある会社に」というスローガンを掲げているのはそんな思いからです。
北野:最後に、寺田社長が見据えているこれからの「才能を生かせる組織づくり」について教えてください。
寺田:先ほども話した通り、企業はどうしても再現性・共感性の高い人材の育成に偏ってしまうのが現状です。その方法でうまくいっていた時代が長く続いてきました。
けれど、これから縮小・淘汰の時代を迎えると、改めて創造性が問われるようになる。勝ち残るには、イノベーションとソリューションを生み出せる企業へ変わらなくてはなりません。
真面目に商談をすれば商品が売れた時代はもう終わります。これからは、お客さまと一緒になって商品を開発したり、売り方を考えていったりしないといけません。
そこで必要になるのが創造性などの才能です。社員の生き方改革だって、多角的なアプローチで、アイデアの創発を促す環境を引き続きつくっていかないといけない。
そして最後に「個人の才能は多様であり、多面的に観察しなければならない」という視点をリーダーは忘れてはいけないと肝に銘じます。
北野:力強い言葉ですね。
寺田:加えて今、検討しているのがキャリアコースの改革です。部下のマネジメントにたけた人を課長、部長と上げるだけでなくて、部下の指導力は問わず、専門性を磨き続けられるスペシャリストも育てていきたいと考えています。
北野:多彩な才能が生きる道を整備することが、多くの働く人にとって希望になるのでしょうね。ありがとうございました。
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