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社長になって見えた世界

寺田:私は、年中残業ばかりしていたわけではなくて、早く帰れる時は帰宅後に、子どもと一緒に風呂に入るなど、メリハリ型の働き方をしていました。ですから個人的には、大きく変わったわけではありません。

 では、何が私の背中を押したのか。それはお恥ずかしい話ですが、「社長になった」ということがきっかけでした。

 カゴメの社長に就く前には、常務や専務を経験していました。今振り返ると、「あの頃の自分は、何も仕事をしていなかったな」と大いに反省しました。それくらい、社長になってから見える世界というのが、それまでとは違うんです。

北野:その違いとは。

寺田:社長になるまでは、自分が責任を負う範囲の事業のことしか考えていませんでした。当時だって会社の将来のことを考えているつもりでしたが、今になって思えば、全然足りなかった。

北野:社長になる前と後で、寺田社長の会社経営に対する考え方で、一番変わったことは何でしたか。

寺田:やはり売り上げを追うのではなく、利益主義になりました。私自身が商品開発やマーケティングと、営業という分野の出身だったので、「いかにお客さんを増やすか」という視点が常に頭にあったんです。そうなるとどうしても売り上げを優先してしまいがちです。

 けれど、会社の成長・発展は利益あってのこと。そう根本から考え方を変えました。

北野:カゴメの変革で面白いのは、KPI(重要業績評価指標)の1つに限界利益率を置いている点ですよね。

寺田:事業部門に関しては目標を設定しています。同時に損益分岐点比率にも目標を設定しました。いずれも2016年の中期経営計画からスタートして、それが終わる2018年にはほぼ達成しています。ここで会社の収益体制が大幅に改善していきました。

北野:ただ、そうすると目標を達成するために、トマトの質を下げて、短期的に利益を出そうとするような問題は起きなかったのでしょうか。つまり、品質を下げて、利益を追う、ということにはならなかったのでしょうか。

寺田:それは絶対にできない会社なんです。なぜなら業績がいい時も悪い時も、ありがたいことに、お客さまから高く評価いただいているのがカゴメというブランドなんです。

 つまり品質に対する信頼は、これまでの歴史で積み上げてきた生命線。それをお客さまに分からないようにごまかすなんてことをしようとしたら、社員が猛反発するでしょうね。間違いなく、そんな経営者は退場を命じられます。

北野:そこは絶対に守るべきだという価値観が共有されているのですね。

寺田:はい。ではどうやって限界利益率を上げるのか。それは「利益が出ない働き方や仕事の仕組み」を変えるしかありません。

 例えば滞留品。生産したものの、売れずに倉庫で場所を取っている商品を適切に処分していくこと。あるいは利益が出づらい商品そのものを整理すること。「利益が出なくてもお客さんが付いているから売らないといけない」という顧客主義の下で受け入れてきた、私たちの常識を一度、疑ってみました。

 「利益を最重要視する」方針へ舵(かじ)を切ることは、私たちが率先してきた売り上げ主義の働き方を否定する作業です。残業に対する考え方も全く同じで、無制限に働く慣習を否定し、「働く時間のゴールを決めよう」と新たにルールを定めることから始めました。

 そうやって見ていくと「ムダ、ムリ、ムラ」は結構たくさんあるものです。

北野:とはいえ、カゴメさんのような大企業が、その体質を変えるのは難しいはずです。

寺田:すぐには変わりません。世間のイメージがいい会社ですから、社員も「つぶれることはないだろう」とあぐらをかいてしまいがちなんです。危機感を持ちづらいことが大きなリスクだと思います。

北野:強いプロダクトとブランド力があるがゆえのジレンマですね。そこからどうやって意識を変えていったんですか。