すべての人に役割がある

藤吉:僕が一番好きなシーンは、俳優の平泉成さんが演じる農林水産大臣が臨時の内閣総理大臣をやることになって、最後に外国の大使に頭を下げる場面です。

 最初は伸びたラーメンみたいに不満を漏らす、どうしようもない政治家という印象だったのに、「すべてを丸く収めるべく頭を下げるためにこの人の人生はあったんだ」と思えるほどのインパクトがありました。

北野:まさに、居場所と出番の話ですね。僕が『天才を殺す凡人』で描きたかったのは、「すべての人にそれぞれの役割がある」ということです。もし「天才にしか役割がない」と書いていたら間違いなく炎上しますし、それは真実でもありません。

藤吉:すべての人に役割がある。僕も真実だと思います。そして、その役割は危機の時にこそ明確になりやすい。「さあ、あなたの出番です!」と全員に言えるきっかけになるという意味で。

 すると言われた方も「よっしゃ!」とポジティブマインドに転換しますし、組織における演出家も起動しやすい。「はい、次はあなた。こういう役割を演じてください」とさばく演出家の役割も非常に重要になっていきます。

北野:僕が常々組織運営で心掛けているのは、一人ひとりにその人の役割を伝えることと、ほかの人がまた違った役割を担っていると伝えることです。この2つがセットでないといけないな、と。

 役割にも階層の違いがあることを理解し合わない限り、永遠に議論がかみ合わないと思うので。

 ところで藤吉さんは、「才能」って信じていますか。

藤吉:はい、信じています。子どもの頃から「自分以外は全員天才に見える」と思ってきましたから。

 他人は誰でも、自分にはないものを持っていますよね。特にこういう仕事をしていると、毎日いろいろな人に出会うわけで、いちいち「この人すごいなぁ」と感動しています。

 才能というと、どうしても生まれ持った先天的な才能について語られがちですが、実は環境によって身につけた後天的な才能というものも、たくさん転がっているはずです。

 例えば、米フェイスブックのバイスプレジデントだったジョン・ラーゲリン(現メルカリ米国法人社長)は、「子どもの頃からパソコンオタクで、コミュニケーション下手が多い」と揶揄(やゆ)されるシリコンバレー人材の中でも、非常にコミュニケーション能力が高い人物です。その才能が、彼のキャリアを加速させたことは間違いないでしょう。

 彼本人から聞いた話によると、彼もパソコンオタクだったけれど、小さい頃から不動産業を営む父親の電話の会話を聞きながら育ったそうなんです。お客さんに親身になってよろこんだり、悲しんだりする父親の会話を聞きながら、自然とコミュニケーション能力が身についたのではないかと分析していました。

 そう考えると、人は誰でもそれぞれ固有の環境で育っているのだから、他人にはないアドバンテージは絶対に持っているはずなんです。

 そのアドバンテージに気づくかどうかが重要な分かれ目かもしれません。単に学歴や職歴といった一面的な評価で輪切りにされるだけでは、自分の才能に気づきにくいのではないでしょうか。

北野:確かに、自分にとってはあまりにも自然すぎて、それが強みだと気づかないケースは多いかもしれません。ちなみに、藤吉さんご自身は「編集者」という職業が求める才能は何だと思いますか。

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