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鯖江から各地に広がった地域活性化モデル

藤吉:突然、「市長をやりませんか?」と書かれたポスターを町中に貼ったものだから、再選を目指す選挙を控えていた牧野百男市長の後援会が、「何を考えているんだ」と怒鳴り込んできたり。

 ただ、当の牧野市長本人は面白がって止めようとはしませんでした。地元が冷ややかに見つめる中、竹部さんは東京や京都の有名大学のサークルを回っては、「将来のリーダーになる若者たちよ。日本の課題は疲弊した地方にある。ここの課題を解決せずしてリーダーにはなれない」と訴えて、本当に東大をはじめとするたくさんの学生たちを鯖江に連れてくるんです。

 お寺に泊まり込んでコンテストに参加した学生たちは、市役所と一緒になって、高齢化対策や特産品だった眼鏡フレームを、いかに強化していくかというアイデアを練ります。

 当時、鯖江の眼鏡フレームは中国に押されて1990年代以降、厳しい局面を経験しているのですが、「独自の素材開発力を打ち出して、NASAに売り込んで宇宙飛行士にかけてもらうのはどうか」といった斬新な提案がどんどん生まれていきました。

 参加した学生たちも、すっかり気持ちが入り込んで、合宿の最終日には「東京に帰りたくない」と泣き出したりするんです。この盛り上がりには地元の学生たちも刺激を受けて、「一体、自分たちは何をしていたんだ、恥ずかしい」と、触発されるようになるのです。

 コンテストを経験した学生たちは、卒業後にマッキンゼー・アンド・カンパニーなどのコンサルティング企業から霞が関の経済産業省といったそうそうたる企業や官公庁に入っていくんですが、今度は産業側の立場で、コンテストを支援するようになっているんです。

北野:戻ってくるんですね。

藤吉:このコンテストは、地域活性化の成功事例として鯖江以外の地方にもどんどん派生していっています。もちろん、それぞれの地方によって合う形にローカライズされています。この、ローカライズの動きもすごくいいと思っています。

 竹部さんは今、鯖江駅近くに「Hana道場」というファブラボも展開していて、これも非常に面白い。戦前に建てられた検査場を改装して、レーザーカッターやプログラミングの関連機器を置いて、幼児から高齢者まで、誰でもものづくりができる施設にしています。ここにSAPやインテル、NECなどが支援に入っています。