なぜ斬新なアイデアが社内で葬り去られるのか

田中:読みましたよ。タイトルを目にしたときは、「強い自己論に立った人が書かれた本なのかな」と思ったのですが、実際に読んでみるとそのギャップに驚かされました。
個人は弱い存在であるという前提に立って、様々な持ち味の人たちが互いに支え合っていこうという思想が読み取れて深く共感できました。僕の研究の根底にも「弱い自己論」という考え方がありますから。
北野:ありがとうございます。僕には「今の経済が回っているのは、名もなき人たちの地道な仕事の積み重ねである」という思いがあるんです。
創造性にたける「天才」、再現性に優れる「秀才」、共感性に秀でる「凡人」が、それぞれの才能を生かしてやっと組織は成果を出すことができる。そういう全体の構造を示したかったんです。
田中:企業においてタレントマネジメント、つまり「才能の生かし方」が注目されるようになったのは、この10年ほどのことです。
企業を取り巻く経営環境や労働市場の変化による影響を受け、社員は金太郎あめのように画一的に育てるものではなく、一人ひとりの特性を見極め、伸ばしていこうという考えが一気に広がりました。
その流れで、採用・育成・配置・労務といった機能別に分けた従来型、管理中心の人事ではなく、「どういう人を育てたいか」と、成長戦略として人事プランを立てる動きが生まれてきたんです。
ところが一つ、盲点だったのが「個のタレント(才能)とは何か」というそもそもの視点でした。そこを北野さんは分かりやすく「創造性」「再現性」「共感性」という3つの軸で整理してくれました。
北野:うれしいですね。「組織の中で才能が生かされる条件」はあると思いますか。
田中:それは今まさにホットな研究テーマですね。例えば、2012年に米国経営学会で発表されたある論文では、組織の中でクリエーティビティーが実行に移される条件について明らかにされています。
この論文は、個人の持つクリエーティビティーが実行に移されるのは、「本人のネットワーキングスキル」と「周囲からのサポート」がいずれも高いときだけだということを突き止めました。言い換えれば、どちらかまたは両方が不足している場合には、革新的なアイデアを持っている人ほど、それを実行に移そうとしないという負の関連が明らかになったのです。
北野:面白いですね。まさに“共感の神”が天才の才能を引き出すという話ですね。
田中:アイデアが革新的であるほど不確実性も高く、だから会社としてはなかなか投資に踏み切れない。
発案した本人も、そのアイデアがあまりにも既存事業からかけ離れた新規性の高いものだったり、既存事業を否定するようなものだったりすると、それを実際にカタチにしようとする過程で生じる、様々なあつれきや障害が容易に想像できて、「そこまでして、やらなくても……」と思ってしまう。
そうやって、“イノベーションのお蔵入り”が頻発するんです。
放っておくと、そのままお蔵入りされてしまうような革新的な発案をいかに引っ張り出せるのか。それには社内のネットワーキングスキルや周りのサポートが必要になるというのが、先ほどの論文の内容です。
北野:周りのサポートを受けやすくするために磨くべきスキルはあるのでしょうか。
田中:「フィードバックシーキング」、つまり他人からのフィードバックを積極的に求めにいく力ですね。これは、組織で力を発揮する上で大事なスキルの一つです。
北野:そもそも、田中先生は「才能」を信じていますか。
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