2019年1月に世に出た本が話題になっている。『天才を殺す凡人』――。組織の中でいかに「天才」が殺されていくのか、つまりは人間の創造性がなぜ組織で生かされないのかというメカニズムを説き明かしたビジネス書だ。
この本ではタレントマネジメントを3つの才能、「創造性」「再現性」「共感性」と定義し、それぞれを擬人化させている。それぞれの才能が複雑に絡み合って、企業の中で⽣まれつつある「イノベーション」が殺されてしまうことがある。では「才能」を殺す組織、⽣かす組織とはどんなものなのか。
本連載では北野氏が、幅広い業界のキーパーソンと対談。組織やチーム、そして人間に宿る「才能」を生かす方法を探る。
連載3回目のゲストとして登場するのは立教大学経営学部助教の田中聡氏。パーソルグループでビジネスパーソンとして経験を積んだ後、働く人と組織の成長・学習を研究するようになった田中氏にとって、「才能を殺す組織」と「才能を生かす組織」とは。3回にわたって北野氏と語り合う。
(構成/宮本 恵理子)
北野唯我氏(左)と田中聡氏(撮影/竹井 俊晴、ほかも同じ)
北野氏(以下、北野):田中先生は人材育成を専門に研究しています。そこで今回の対談では、「組織における才能の生かし方」について教えていただきたいと思っています。田中先生は現職に就く前は民間企業に勤めていらしたそうですね。
田中氏(以下、田中):はい。新卒でインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社しました。企業内の人材育成のあり方に課題意識を強く持つようになって研究の世界へ。パーソルグループでシンクタンク(現パーソル総合研究所)の立ち上げに関わった後、大学教員になりました。
北野:特に関心があるのは、どういったテーマですか。
田中:経営人材の育成ですね。本当の意味で、専門経営者と呼べる経営人材が日本にはまだまだ少ないと感じています。
創業経営者はたくさんいますが、企業経営を専門職として渡り歩ける経営者はほとんどいない。そもそも企業の中で経営者を育てる仕組みが十分ではないのだと感じています。
北野:興味深いですね。この数年来、立て続けに報道されている社員や元社員による企業の告発も、僕は氷山の一角であり、構造的な要因があると思っています。
そもそも戦後の日本企業と今のそれとでは、経営者に求められる資質レベルが全然違っているのではないか、と。
極端に言えば、「人口増」という市場拡大環境に恵まれた条件下だと、一括採用によって「イエスマン」を大量に雇えば、社長に優れたセンスや能力がなくても、企業を成長させることができる。だから経営者を育てるスキームが培われなかったのだと思っています。
だけど、今は「人口減」のフェーズに入っている。求められる経営の資質がとても変わっており、総じていうなら難しくなっているのではないか、と感じます。
田中:ご指摘の通りですね。「経営者に特別な優秀さを求めずとも会社が成長できた」という構造があったのだと思います。要するに、実質的に会社を支えているのは優秀なミドルマネジャーであり、経営はお飾りである、という構造です。
経営者は「上がり」のポジションなのか?
田中:日本企業の昇進システムは「卒業方式」といわれていて、プレーヤーとして優秀だと認められれば、プレーヤーを卒業してマネジャーになります。そして優秀なマネジャーとして認められたら、今度は経営者になる。
プレーヤーとマネジャーと経営者。それぞれ役割が異なるわけですから、当然、求められる能力も違う。ですから、その役割に適した人材かどうかを評価するには、本来、異なる物差しが必要です。
それなのに、「優秀さ」という曖昧かつ共通の物差しで評価して、卒業方式で段階的に昇進させようとしているのが実態です。これでは、経営が「上がりのポスト」になってしまうのも無理もないでしょう。
北野:おっしゃる違和感は、今になってよく分かります。僕がかつて働いていた大企業でも、「経営人材を育てたい」という話がよく出ていました。それにもかかわらず、実際に昇進するのは現場で利益を稼ぐスタープレーヤーばかりでした。
大企業の一事業の場合、現場のマネジャーに求められるのは、せいぜいトップライン(売上高)を伸ばすことと、販管費をコントロールするくらい。けれどこれが経営者となると、P/L(損益計算書)の最終利益と、キャッシュフローと、当然ながらB/S(貸借対照表)などの観点から、経営の数字を扱えないといけません。
ビジネスモデルそのものを通して経営人材が育ちにくい。これは現場の延長線上で、経営人材が育たない理由だよな、と思っていました。
どこの組織でも「彼はマネジャーになったけれど、全然向いていないよね」といった批判が生まれがちです。けれど、それって習ったことがないんだから当たり前ですよね。本当は「マネジャーたるもの」「リーダーたるもの」と、ゼロから学ばないといけないのに、優秀なプレーヤーならそのまま優秀なマネジャーになれると思ってしまう。
田中:本気で経営層を育てようと思ったら、計画的に前倒しして、早い段階から「経営層になるために必要な特別な育成」をする必要があります。経営層に求められる能力とマネジャー職に求められる能力は本質的に違い、育成に要する時間も難易度も全く異なるからです。
数年前に、日本を代表する大手企業の経営人事で、32人抜きで50代半ばの社長が抜てきされたことがニュースになりました。この時、新社長は会見で「青天のへきれき」とおっしゃっていたんです。
もちろんこれは、彼の前を行く32人に敬意を払うためのリップサービスだったのかもしれません。
けれど、何万人もの従業員を抱える組織のトップに就く当人が、「予想もしていなかった」と本気で思っているとしたら、かなり危機的な状況だと思いませんか。そんな船頭が率いる船に誰が乗りたいと思うのでしょうか。
グローバル企業では、社員の中から経営人材を早期に選抜して、戦略的に育てるのが一般的です。それに比べて、日本はかなり取り掛かりが遅い。30代後半で第1次選抜をやっているようでは、あまりにも遅すぎるんです。
経営幹部はいつから育てればいい?
北野:選抜は、何歳くらいからスタートすべきでしょう。
田中:理想は、入り口の段階から分けることだと思います。つまり、新卒の入社時点で選抜する。ただし、入社後に定期的な入れ替え戦をやるんです。その時期も含めて、社員に対して選抜手法をオープンに説明しておくことも大事だと思います。
実は日本企業でも、人材の見極めについては早い段階からやっています。しかし、実際に昇進させるのが遅い。いわゆる「早い選抜・遅い昇進」という運用です。
なぜなら「君は将来の幹部候補です」という名指しが周囲に明らかになった時点で、選ばれなかった大多数の人のモチベーションが下がってしまうから。
公平性を過度に重んじた結果、本来育てるべき経営幹部候補の人材に対して、必要な育成支援が遅れてしまうのです。
北野:一部の企業では、幹部採用も導入しています。経営人材になり得る人に、共通要素はあるのでしょうか。
田中:リーダーシップ開発研究やリーダー育成研究という分野でこれまで世界的に研究が進められてきました。しかし、そのほとんどは海外の研究で、残念ながら日本企業の経営人材を対象にした研究は少なく、はっきりとしたことはまだ分かっていないというのが正直なところです。
北野:田中先生はご自分が経営人材になり得ると思いますか。
田中:僕は向いていないと思います(笑)。端的に言えば、経営層に求められる役割は変化を生み出すことであり、その変化に対処するのがマネジャーの仕事。
けれど僕の場合、変化をつくるわけでも、対処するわけでもなく、変化を生み出す人を輩出するメカニズムを解明したいという欲求が強い。ですから、本質的に会社の経営には向かないんです。
僕が社会に貢献できる役割があるとすれば、それは「変化を生み出す人を輩出する社会的なメカニズムを解明して伝えていくこと」だと思っています。
北野:田中先生の著書『「事業を創る人」の大研究』(クロスメディア・パブリッシング)で発信されてきたようなお仕事ですね。事業を創る人を生み出すシステムとして、何が一番重要だと思いますか。
「業績目標志向性」と「学習目標志向性」
田中:たくさんありますが、個人の資質という面では、「学習目標志向性」の高さは、重要な要素になると思います。
仕事上の課題に対して、どういう目標を設定するか。この違いで、人は2つのタイプに分かれます。1つは「業績目標志向性」と呼ばれるタイプで、目に見える成果や業績に重きを置いて、それを達成することで喜びや充実感を得るタイプ。
もう1つが「学習目標志向性」で、こちらは結果ではなく、プロセスで喜びを味わうタイプ。もちろん成果も重要ですが、本人にとっては、それ以上に成果につながる道のりで体験する試行錯誤や視野の広がり、自分自身の成長に楽しみを見いだす。「見たことのない景色を見たい」というのが、このタイプの欲求です。
北野:冒険漫画の主人公みたいですね。
田中:そうかもしれません(笑)。面白いことに、この2つのタイプでは仕事の選び方も違ってくるんです。
業績目標志向性の高い人は成果を出すことを第一とするので、「自分が今、持っている能力やスキルでクリアできる仕事」を選ぶ。つまり過去に成功体験のある仕事を好んで選ぶんです。
北野:その方が効率よく達成感を得られるから、ですか。
田中:そうです。例えば、既存事業である一定の成功パターンが決まっているようなプロジェクトには率先して手を挙げて、さらに効率化していこうと考えるタイプですね。
一方で、後者の学習目標志向性の人たちは、「やったことがない仕事」を積極的に選ぼうとします。見たことのない世界を見にいこうとする。その冒険によって自分がどう変化するのかに本質的な喜びを感じるタイプです。
どちらがいいとか、優劣をつける比較ではありませんし、事業がうまくいっているときには何の問題もありません。ただ、失敗したときの受け止め方に大きな差が出てくる。
失敗という壁に直面したとき、業績目標志向性タイプは「自分の能力では超えられない」と、それ以上は進もうとしなくなります。しかし学習目標志向性タイプは「あ、やり方が間違ったんだ」としか思わなくて、ほかのルートを探しにいきます。
職場でよく起こりがちなのは、業績目標志向性の高い上司が部下の失敗を責めるときに「お前はだからできないんだ」と人格や能力を否定して、次のチャレンジへの意欲を失わせてしまうことです。
ここで重要なことは、業績目標志向性も学習目標志向性も様々な環境要因によって後天的に変化し得るものである、ということです。僕の研究でも、経営層や上司の関わり方次第で他方の志向性を持てるようになることが実証されています。
業績目標志向から学習目標志向へと変われる最大のチャンスは、実は「失敗」したときなんです。失敗の原因が自分の能力ではなく行動にある、ということをいかに意味づけできるか。
一見簡単そうに聞こえる話ですが、一種のバイアスなので本人だけで意味づけし直すことは難しいものです。そういうときこそ本人の状況をよく理解している上司の出番ですね。
「新規事業」と呼ぶことのデメリット
北野:まさに『天才を殺す凡人』でいう、創造性を重視するタイプと、再現性を重視するタイプという感じです。ただ、「変われる」というのは希望が持てますね。失敗の捉え方を変えるために、一番有用な経験は何でしょう。
田中:失敗の捉え方を変えるためには、まず数多くの失敗を経験することです。中でもオススメは「新規事業の立ち上げ」です(笑)。
日本企業で新規事業の立ち上げを任せられるのは、大体、既存の花形部門にいるエース級のミドルマネジャーです。彼らが新規事業部門に着任して最初に経験する思考の変化は、「他責」なんです。
なぜなら、彼らは既存事業で輝かしい成果を上げてきたエースです。ほとんど大きな失敗経験をしないまま新規事業部門に異動します。それが、新規事業を始めた途端にうまくいかない。すると、つい周りのせいにしたくなる。
失敗の原因帰属の矛先となるのは大きく3つあって、「経営」「部下」「既存事業」です。新規事業には既存事業では当たり前のようにあったものがとにかくない。そういう環境の中で、経営陣にビジョンがない、任せられる部下がいない、既存事業の理解が足りないなど、うまくいかない原因を「自分の外」に求めてしまうのです。
ちなみに余談ですが、「新規VS既存」という対立構造が組織内の不毛なあつれきを生んでしまうことはよくあります。だから僕は、本当に新規事業を成功させたいなら、「新規事業」と呼ばない方がいいんじゃないかと思っています(笑)。
だって、「私は既存事業をやっています」なんて言う人はいないですよね。「新規」という光を当てるから、「既存」という影が生まれてしまう。
北野:納得できます。大企業からすると、新規事業が成功したとして、その財務的なインパクトはたかが知れている。だからそもそも応援する構造にはなりにくい。
「新規事業の財務インパクトは最後に訪れるので、最初からそれをKPI(重要業績評価指標)に据えるとうまくいかないですよ」という論理は、『天才を殺す凡人』でも書いたつもりです。
田中:僕たちも、企業の中で「新規事業が生まれやすい条件」を探っているのですが、いわゆるボトムアップ型の提案やプレゼンコンテストからは成果につながるようなアイデアが出にくいことが分かっています。
もう少し具体的に説明すると、新規事業を担当する人には、会社から指名で異動させられた人や、自分で手を挙げた人、社外から転職してきた人など、何パターンかあります。このうち一番成果を上げるのは、「会社から指名で異動させられた人」です。
北野:なぜでしょう。
田中:会社側が「こういうドメインで、こういう事業サイズの新規事業を君に任せる」と明確に伝えて任せた新規事業ほど、高いパフォーマンスが出やすいということです。
社員発のボトムアップ型な新規事業がなぜうまくいかないかというと、経営陣の想定する新規事業と社員側の想定する新規事業の定義がそもそもズレているからです。
これだけ新規事業が大事だと言われていながら、意外に「自社にとって今必要な新規事業とはどのようなものか」を言語化している会社は多くありません。
そういう状況下で、ただ新規事業プランコンテストのようなイベントを企画しても、うまくいきません。社員側は「自分はこんなに革新的なアイデアを提案したのになぜ会社は認めてくれないのか」という不満が募ってしまう。一方、経営陣も「いつまでたっても小粒なアイデアしか出てこない」と嘆き節になってしまう。
実際、経営陣と社員との溝が深まるばかりで、こんなことなら企画しない方がよかった、と事務局が匙(さじ)を投げてしまうケースもあるようです。
(対談中編は、2019年8月2日公開予定)
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