謙虚であるほうが最後には勝つ

為末:スポーツの世界では、ビデオが登場したことで、選手がずいぶん変わったと言われています。うまくなっただけでなく、みんなが似通ってきた。

 日本のサッカー選手のレベルが上がったのは、セリエAの試合が放送されるようになったから、という説もあるくらいです。それほど、見ることのインパクトは大きいんです。

 今では誰もが簡単に、自分の姿を見られる時代で、それがメタ認知や自己を客観視する力にプラスに働いているとも言われています。

 一方で、「どのように見えるか」を意識することと、「自分が今どう感じているか」を意識することは、似ているようで大きく違う。

 脚本的な客観が上手になることは有用で、社会での振る舞いが器用になるのかもしれないけれど、小説的な主観を全く持てないとどこか満たされなくなる。そんな気もしますよね。

北野:SNSの世界は完全に「どう見られるか」に偏っています。だからこそ一つの現実逃避として、主観に没頭できる村上春樹作品にひかれる人が絶えないのかもしれませんね。

為末:人間は本来、「見せたい自分」「ありたい自分」「今ここにいる自分」と、いろいろな自分が交ざっているはずです。けれど今はそのうちの「見せたい自分」が強く出過ぎる時代です。この複雑なバランスを理解することも、自分が発揮したい才能に気づくには、大事なのでしょうね。

北野:為末さんと今日お話しさせていただいて、改めて謙虚な姿勢を大事にされる方なのだと感じました。謙虚であることの価値については、どう考えていますか。

為末:謙虚であるほうが最後には勝つし、戦略的には絶対に正しいと思います。水が低いものに向かって流れていくように、自分が下であると示したほうが、相手の知識はどんどんと流れてくるはずです。

 相手を上に立てることで、感情的には損した気分になるかもしれないけれど、それができれば成長という意味では得をします。

 とはいえ、あまりにも戦略的にやると相手にも伝わるから、あくまで自分の好奇心が赴く、ということが大前提なのでしょうね。

北野:謙虚さを忘れることは、自分の無知をさらすということでもあります。

為末:本来的に傲慢な人はそのままでいいと思うんです。それでいろいろぶつかって悟っていくだろうし、損得も自分で引き取ればいいだけのことですから。

 ただ僕は、人に対して知りたいこと、話したいことがあふれるタイプだから、謙虚さに努めるほうが、自分が満たされる。やっぱり自分を知ることが出発点じゃないですか。

北野:才能を起点として、とても深くて広いお話を聞けました。ありがとうございました。

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