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「美しい技能のまま保存したい」

北野:たしかにそれはきついですね。いきなり異次元のライバルが現れる、みたいな。

為末:まずは県大会から始めたいですよね(笑)。いきなりボルトと一緒に走ったら、諦める人が続出するでしょう。スポーツの世界でよく言われる“有能感”が育たないから。

 有能感とは、ストレートな意味だと「能力を有している感覚」のこと。ただし「他者に比べて優れている」感覚というよりも、「自分が思った通りにできている」という感覚なんです。

 ハードルをこういうふうに跳びたい、と思ったままに跳べること。僕は、ハードルでは有能感を持てたけれど、テニスではまったくダメで、もどかしいんです。

 才能というのは、それを自分でコントロールできる技能が育つこととセットなんでしょうね。表現する技能がなければ才能が生かされるところまで到達しません。

 北野くんの中にも、もともと物語を紡ぎ出す才能はあったのだと思うけれど、それを表現するための技能としての言語化能力を修練したから、才能が開花したのでしょうね。

北野:以前、「成果を出せる天才と、残念な天才の違いは何ですか」と質問されたことがあって、「表現する武器を磨く努力をしたかどうかだと思います」と答えたんです。

 もしもベートーベンやモーツァルトがピアノのない時代に生まれていたら、名曲は生まれなかったのか。きっとバイオリンか何か、違う楽器を弾くなり、あるいは小説という手法を使ってやはり作品は生み出していたとは思うんです。いずれにしても、表現する武器の鍛錬は膨大にしていたはずです。

為末:面白いね。あと「幸福と才能の関係」も興味深いですね。

 例えば、ミュージシャンが優れた才能があることと、幸福であることの相関は、かなり薄いと思っている人は多いんじゃないかな。行きすぎた才能は、多くのものを背負わされてしまう。

北野:残念ながら死を選んでしまう人もいますよね。為末さんは、周りから背負わされることで、現役時代に苦しんだことはないですか。

為末:僕の場合は、そこまで追い込まれていなかったと思います。外から見ると十分に評価されているように見えたかもしれない。けれど、自分自身は「世界一という頂点は取れていない」という気持ちでいましたから。

 ただ、「美しい技能のまま保存したい」という欲求はあったと思う。年齢とともにどうしても衰えてしまうわけだけれど。

北野:それは僕も最近、抱えているテーマです。ビジネスパーソンの感覚だと、「あと2、3作を書くのが限界じゃないか」と感じるけれど、物語の作り手としては「いや、10作書き続けると決めた時点で勝ちじゃないか」と反発してみたり。長く活躍できる人の共通点は何だと思いますか。

為末:1つは「それしかない」と思い込むことかもしれませんね。僕の場合も、陸上以外で発揮できる力がないと思っていたから、あれだけ長く没頭できていたと思う。

 「評価されなくても構わない。今の努力が報われなくてもいいから、これを続ける」と、どれくらい思うことができるかも、とても大切です。

(対談後編は、2019年7月19日公開予定)