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陸上選手になれたのはハードルが存在したから

為末:突きつめると、結局は「どこまで到達したいか」ということなのでしょうね。「どこまでも高みに行きたい」と考える人以外はみんな、途中で幸せが訪れると、「ここまででいいや」と満足する。

 「ずっと変革をし続ける」というストイックな修行僧のような生き方を選びたい人もいれば、それを選びたくない人もいるんです。「変わりたい」と言いながらもなかなか変わろうとしない人は、本心ではそれを望んでいないのかもしれない。

 これはビジネス界における組織と個人の関係に近いかもしれないけれど、マネジメント事務所に所属するアスリートの場合、新しいチャレンジを始めようとすると、じわりとストップがかかることがあるんです。それまで構築したブランドを毀損(きそん)するリスクを心配されてしまうから。

 それで、せっかく自己変革するチャンスを失って、選手の市場価値が目減りしてしまうケースは実際にあると思う。

 活躍する分野を変えながら、ずっと第一線で活躍している人は、リスクを取って自分で自分のブランドを壊して、もう一度つくるということを繰り返している気がします。その勇気を持ち続けるのは、ハードではあるけれど、成長には欠かせない。

北野:最近、もし手元に1000億円あったら何がしたいか、と考えるんです。僕の場合は多分、ピクサーのような映画スタジオをつくると思うんです。『トイ・ストーリー』やディズニー映画のような魅力的な物語を製作して、物語の力で、ミッキー・マウスのような世界中の人を幸せにするキャラクターに、命を吹き込みたい。そういうふうに自分の才能を使えたら最高だなと思うんです。

 つまり「1000億円があったら何がしたいか」と考えてみると、その答えの中に自分が大事にしたい才能を見つけられるかもしれないな、と。

 例えば、1000億円あってもなお「もっと価値のある、何か新しいものを生み出したい」と思うなら、それはあなたの中に天才性、創造性が眠っているということなんですよね。

為末:なるほどね。僕を振り返って、「なぜ陸上選手になれたのか」と考えてみると、単純に「ハードルが存在したから」という理由がすごく大きいと思います。誰かがトラックに障害物を置いてくれたから何とかなったけれど(笑)、何もなければ相当厳しかったと思う。

 その意味では、「自分を表現できる装置が、既に世の中に生まれているか」はすごく大事ですよね。

 デジタル文化が発達して、コミュニケーションが世界中でフラット化している今の時代は、たくさんの人がいろんな才能に目覚めやすい時代である。

 と同時に、「誰でもいきなり世界選手権」になっちゃう時代です。日本にいると言語の障壁があることで歯止めが利いているけれど、もし全世界に同時翻訳される環境になったら、中国の天才ブロガーやアメリカの一流小説家と同じ土俵で戦わないといけなくなる。最初からそれはつらいですよね。