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新型コロナで「経済が速く動き過ぎていた」と気が付く

北野:新型コロナウイルスの影響を受け、心穏やかにいられない経営者も多いと思います。3月期の業績悪化に加えて、感染拡大の長期化で今期の数字の計画も立てられないと。

中野:では、こう問うてみるのはどうでしょう。決算とは誰のためのものなのか。決算とは配当や税金の計算のために必要な報告でしかありませんよ。しかしながら、人間も会社もこの激動の中を必死に生きているんです。無理やり数字をつくって付け焼き刃的に辻つまを合わせて、「意味があるんですか?」と言いたい。

 数字をどう合わせるかよりも、やるべきなのは“今”を感じることです。今の空気を敏感に感じ取って、どう動くのが最も自然なのかをまっさらな気持ちで考えてみること。

北野繰り返しお話になっている「今を感じよ」ということですね。

中野:先ほど「社長の役割は“早く決めること”」と言いましたが、もう1つの役割は“俯瞰(ふかん)すること”。「みんな頑張っているんだから」とか「せっかくここまでやってきたんだから」とか、現場に密接している人たちの感情を抱え込むと、正常な判断ができないことがある。

 それらをあえて切り捨てて、客観的観察に基づく判断を下せる人。それがリーダーだと僕は理解しています。過去からの蓄積をてんびんに掛け出した途端、思考が止まってしまい、船ごと沈む不幸になりかねません。

 それに、「頑張ること」が尊いとも僕は思わない。それなりに心地のよい状態がつくれるのなら、「頑張らない」という選択を積極的にしたっていいじゃないかと思います。

北野:なるほど。あえて頑張らないという選択もある、と。

中野:そうです。これまでの世の中は、たくさんの人が動くことで成り立つ経済でした。しかも、動きが速いほどに経済が良くなる仕組みでした。それが行き過ぎた結果、過剰に多く速く動き過ぎていたのではないでしょうか。この危機を境に、人々の動きがゆっくりと戻っていくと、もしかしたら心の苦しみが解消する人のほうが多いかもしれない。

 そういった大局観に立ってみると、向こう数年間の業績をなんとか持たせようと無理をすることには、あまり意味がないのではないかと僕は思います。

 「なんとしても従業員を養う。それが経営者の責任だ」という考えは現実的ではないと思います。人は、一人ひとり、自分自身で生きていると思います。

 繰り返しになりますが、過去にはとらわれない。維持することが正しいとは限らない。維持するとしたら、それは何のためなのか。もし「従業員の不安をなくすため」だとしたら、本当にこれまでの会社を存続させることが、根本的な不安の解消になるのか。そこで働く人たちを本当に幸せにすることが出来るのか。経営者ならば考えるべきポイントはここにあると思います。

 頑張れば頑張るほど、経営者自身も従業員も苦しむことにならないのか。もし苦しいのならば、会社を閉めたっていいんです。命を取られるわけじゃない。またゼロからやり直せばいい。僕ならそうします。