「才能を殺す組織」と「生かす組織」は何が違うのか。新卒採用のクラウドサービスを手掛けるワンキャリア(東京・渋谷)の取締役で作家の北野唯我氏が対談を通じて探っていく連載。寺田倉庫を大改革した同社前社長兼CEO(最高経営責任者)の中野善壽氏に話を聞く。今回はその後編。
中野氏は、事業売却を通じて企業向けの“場所貸し”を主とした従来型の倉庫業から、高級ワインや絵画の保管など消費者向け事業を手掛ける新しいビジネスモデルへと会社を変革。その過程で1000人ほどいた社員は約10分の1に減った。
新型コロナウイルスの感染拡大が続き、人々の価値観が大きく揺らぐ中、「会社」という組織の在り方も変わっていく可能性がある。後編は新型コロナがもたらす不安に、ビジネスパーソンはどのように向き合うべきか。「速過ぎる経済活動」と「組織の拡大」を語り合う。
(前編から読む)
ワンキャリア取締役の北野唯我氏(左)と寺田倉庫の前社長兼CEO(最高経営責任者)の中野善壽氏(右)(写真:竹井俊晴、以下同)
北野唯我氏(以下、敬称略):中野さんが4月に出したばかりの著書『ぜんぶ、すてれば』を読んで一番印象に残ったのが、「少年時代に打ち込んでいた野球の試合で、監督のバントの指示に従わずに思い切りバットを振って三振した」というエピソードです。先ほどおっしゃった「自分が正しいと思うことしかしたくない」と考え方は、この頃から一貫していたのですね。
中野善壽氏(以下、敬称略):そうですね。特にあの時代の少年野球においては監督の指示は絶対的と思われていたけれど、僕にとっては正しくない指示だった。
北野:このエピソードを読んで僕がふと思ったのは、「中野さんは、子どもの頃から『いつか自分は死ぬ』と分かっていたのではないか」ということです。ある種の死生観を子どもの頃から備えていたのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。
中野:そうですね。本にも書きましたが、僕は家庭の事情で両親とは幼い頃に離別し、祖父母に育てられたんですね。ところが、祖母もある日突然血管が切れて亡くなってしまった。
今でも覚えていますが、僕が小学6年生だった夏のとても暑い日のことです。その後、祖父もすぐに亡くなって僕は独りに。遠戚を頼って青森の弘前まで行ったら、まず言葉が通じないのがショックでした。3月なのに東京とは比べものにならない寒さで環境の違いも肌で感じながら、「当たり前の世界」が崩れ去ったんです。
弘前で僕をお世話してくれていた祖母も、半年もたたないうちに亡くなってしまったことで、「人は簡単に死んでしまうんだな。明日もまた来る保証はどこにもないんだ」と考えるようになりました。
北野:大変な思いをされたんですね。
中野:一方で、僕はこういう疑問も抱いたんですよ。「人は簡単に死んでしまう。ならばどうしてこの世に生まれるのだろう? 人生の意味とは何なのか」。その答えに僕を導いてくれたのは、弘前で通っていた高校の近くにあったお寺の和尚さんのお話でした。
「宇宙は流れ、決して止まることはない。宇宙にとっては人間の営みなどはかない存在で、喜んでも悲しんでも高が知れている」というものです。この言葉は結構印象に残って、僕の人生観に影響を与えたと思います。
さらにいろいろな思想に触れる機会を重ねながら、「人は人を助けられない。己を助ける者のみ助かる」という考えに行き着きました。僕は宗教に詳しいわけではないですが、弘法大師・空海の思想には深く共感します。
北野:やはり。実は、中野さんの本を読んでまず浮かんだ感想が「仏教思想にとても近いな」というものでした。僕もたまたま名前が「唯我」という縁もあり、最近、仏教を勉強し始めたのですが、なんて深い知の世界なのだと没頭しているところです。
全ては「因果応報」
中野:因果応報、という考え方は特に好きですね。よいことも悪いことも、自分の行いの結果でしかない。だから、自分自身の価値観に照らし合わせ、自分が正しいと信じることを積み重ねていきなさい。これは亡くなった祖父から繰り返し言われた教えでもあるんです。
北野:その価値観がきっと、経営者としての人材育成や組織のつくり方にも生かされてきたのだと想像します。実際に社内でどのようなコミュニケーションを中野さんがしてきたのかお聞きしたいのですが、例えば、業務の指示をするときに心がけていたことはありますか。
中野:方向性を示して、後は任せます。「いつまでに」と細かく納期を指定することもしません。逆に、「いつから着手すればいいですか?」といちいち聞いてくるような人とは、一緒に仕事したくないですね(笑)。答えは「今」ですよ。だって3カ月後に僕たちが一緒にいられる保証もないわけですから。
北野:なるほど。時間感覚を共有しているということですね。
中野善壽(なかの・よしひさ)氏
1944年生まれ。伊勢丹、鈴屋、台湾の百貨店などを経て2011年に寺田倉庫の社長に就任
中野:お互いに“期待”を交換し合っているんですよ。僕は彼らにスピード感のある行動を期待するし、彼らもまた僕に早いジャッジを期待している。同じ組織で働く関係とは、つまり、“期待をし合える関係”だと僕は思っているんです。相手に期待をし、相手の期待に応えるから、信頼関係が生まれ、お互いに成長していけると思いませんか。互いに高め合う関係において、上司・部下のような上下関係を重視しても意味がない。
北野:「僕は仕事ができる人にしかお願いしないからね」と、社内でよくおっしゃっていたそうですね。
中野:はい。「僕はあなたに期待している」という意味です。
北野:例えば、採用面接のときにはどういうポイントを見ていたのですか? どんな質問をしましたか。
中野:何も質問しないです。ただ、僕の考えをペラペラしゃべるだけ。だって僕と一緒に働いてくれる人を探しているんだから、僕がどういう人間かを少しでも分かってもらって、嫌だったら来てもらわないほうがいいでしょう。だから、僕が相手を面接しているのではなくて、僕が面接してもらっているんですよ。
北野:「雇う・雇われる」という主従関係とは捉えていないんですね。
中野:はい。「転職したければ、いつでもどうぞ」と言ってきましたし、いつでも「去る者追わず、来る者拒まず」の姿勢です。僕が代表を務めている東方文化支援財団の会議は、定例の日時だけ決めて、誰でも参加歓迎にしているんですよ。
北野:「去る者追わず」の姿勢もどこか仏教っぽいですね。僕は最近、座禅の習慣を始めたのですが、どうしても頭の中に雑念が浮かんでくるんですよね。そのときに「雑念を消そうとしなくていい。雑念を追わず、雲のように流れていくのを待てばいい」と聞いて、それならできそうだなと思って。
「追わない」だけで、自然と心が静かに整っていく感覚が分かってきたところなんです。中野さんも毎日ご自宅の中でお参りの一言を唱える習慣を続けていらっしゃるとか。
中野:はい。朝晩毎日必ずやっています。ごく簡単に「今日もありがとうございました」「明日も頑張ります」というものですが、毎回きちんと名前と住所を言って、感謝の気持ちを口にするようにしています。
お参りのときに鏡に自分の顔を映すのですが、「今日は汚い1日を過ごしてしまったな」と感じる日の顔は、やっぱり汚く見えてしまう。まさに心の鏡です。短時間でもいいから、自分の心の状態を観察する習慣を持つのはお勧めですよ。
新型コロナで「経済が速く動き過ぎていた」と気が付く
北野:新型コロナウイルスの影響を受け、心穏やかにいられない経営者も多いと思います。3月期の業績悪化に加えて、感染拡大の長期化で今期の数字の計画も立てられないと。
中野:では、こう問うてみるのはどうでしょう。決算とは誰のためのものなのか。決算とは配当や税金の計算のために必要な報告でしかありませんよ。しかしながら、人間も会社もこの激動の中を必死に生きているんです。無理やり数字をつくって付け焼き刃的に辻つまを合わせて、「意味があるんですか?」と言いたい。
数字をどう合わせるかよりも、やるべきなのは“今”を感じることです。今の空気を敏感に感じ取って、どう動くのが最も自然なのかをまっさらな気持ちで考えてみること。
北野:繰り返しお話になっている「今を感じよ」ということですね。
中野:先ほど「社長の役割は“早く決めること”」と言いましたが、もう1つの役割は“俯瞰(ふかん)すること”。「みんな頑張っているんだから」とか「せっかくここまでやってきたんだから」とか、現場に密接している人たちの感情を抱え込むと、正常な判断ができないことがある。
それらをあえて切り捨てて、客観的観察に基づく判断を下せる人。それがリーダーだと僕は理解しています。過去からの蓄積をてんびんに掛け出した途端、思考が止まってしまい、船ごと沈む不幸になりかねません。
それに、「頑張ること」が尊いとも僕は思わない。それなりに心地のよい状態がつくれるのなら、「頑張らない」という選択を積極的にしたっていいじゃないかと思います。
北野:なるほど。あえて頑張らないという選択もある、と。
中野:そうです。これまでの世の中は、たくさんの人が動くことで成り立つ経済でした。しかも、動きが速いほどに経済が良くなる仕組みでした。それが行き過ぎた結果、過剰に多く速く動き過ぎていたのではないでしょうか。この危機を境に、人々の動きがゆっくりと戻っていくと、もしかしたら心の苦しみが解消する人のほうが多いかもしれない。
そういった大局観に立ってみると、向こう数年間の業績をなんとか持たせようと無理をすることには、あまり意味がないのではないかと僕は思います。
「なんとしても従業員を養う。それが経営者の責任だ」という考えは現実的ではないと思います。人は、一人ひとり、自分自身で生きていると思います。
繰り返しになりますが、過去にはとらわれない。維持することが正しいとは限らない。維持するとしたら、それは何のためなのか。もし「従業員の不安をなくすため」だとしたら、本当にこれまでの会社を存続させることが、根本的な不安の解消になるのか。そこで働く人たちを本当に幸せにすることが出来るのか。経営者ならば考えるべきポイントはここにあると思います。
頑張れば頑張るほど、経営者自身も従業員も苦しむことにならないのか。もし苦しいのならば、会社を閉めたっていいんです。命を取られるわけじゃない。またゼロからやり直せばいい。僕ならそうします。
会社とは単なる箱、幸せに働けなければ意味がない
北野:共感します。僕も取締役という立場ですので、今回の新型コロナの影響にどのように対処するか、その経営判断についてはやはり考える機会がありました。おっしゃるように、会社が万が一潰れたとしても、人が潰れなければいいじゃないかという思いに至りました。もう一度、一緒に始められる仲間さえ元気でいてくれれば、事業はまたゼロから作り直せばいいから、と。
中野:人は肉体的に死ぬだけでなく、心が死ぬこともあるんです。無理して会社を維持することは、仲間の心を救うことになるのか。よく考える必要がありますね。人間、生きようと思えば、自分で畑を耕して食べることもできるし、どうにかしてたくましく生きられるものですよ。
僕の知人で、昭和28年にお店を始めた夫婦がいましてね。7店舗まで伸ばしていたんですけれど、今回の新型コロナの影響で「売り上げ激減で潰れそうだ。どうしたらいい?」と相談を受けたので、僕は「本店だけ残して、残りの6店舗は従業員にあげてしまえば」と言ったんですよ。「この年になって夫婦でまた一緒に工夫できるって幸せなことだよ。店を出したばかりの頃の君たちは、貧乏でも本当に楽しそうだったよ」ってね。
北野:中野さんは寺田倉庫のCEOに就いた後、従業員の数を大胆に削減したことで話題になりましたが、それも「現状維持が本当の幸せか」と問うた結果だったのですね。
中野:会社とは単なる箱であり、そこで人が幸せに働けなければ意味がない。そうではない状態のまま維持しても、やがて幽霊屋敷になり、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が宿り、世の中のためにもならない。ならば一度、箱をきれいに片付けて更地にして、日の光と風を注げば、気持ちのいい空間はよみがえる。そこからまた始めよう。そんな気持ちでした。
北野:「会社は売上高100億円くらいがちょうどいい」ともおっしゃっていますが、これも「経営が健全なうちに渡せば、雇用を守れる」という意図なのですよね。組織が大きくなり過ぎて従業員が身動き取れなくなる前に、リリースするという。
中野:器が大きくなり過ぎると、どうしても器を維持するための仕事が増えてしまう。大きくなることが幸せにつながるとは限らないと僕は思います。僕が小さい会社がいいと思うのは、こうやってたわいもない話をしながらも一生懸命同じ思いを磨き上げていける仲間と働けるからです。
たくさん稼いだところで使い切れないですし、金というものは使い過ぎるとぜいたく病で体を壊してしまいますから、僕は必要最低限で十分。お金以上に大事なのは、一緒に仕事や人生を楽しめる仲間です。それも1000人も集める必要はなくて、身近に10人いれば十分ですよ。
一人ひとりが好きなことを追求できる組織へ
北野:僕も最近、ささやかながらエンジェル投資を始めまして、「誰かの人生の応援のためにお金を使う」という行動の豊かさを知ったばかりです。中野さんが若手アーティストの活動を応援しているというのも、そういうお気持ちからなのでしょうか。
中野:そうですね。僕はいわゆる投機目的のアートビジネスには一切興味はなくて、僕にとってアートは、そこにいて眺めているだけで思わず笑顔になれる“赤ちゃん”と同じような存在なんです。
「かわいいなぁ」という気持ちで、そばに置いておきたいだけで、「こいつが大きくなったら……」と見越してお金を出すようなことはしない。アートで稼ぐ気はないけれど、この世からアートがなくなるのは嫌だから、できるだけ良い状態で保存できるようにしたい。保存するには空間が必要になるから、結果として、寺田倉庫の新しいビジネスモデルにもなったという話なのです。
北野:愛情があってのビジネスだから、きちんと顧客にも伝わるのでしょうね。
中野:いずれはどんな人でもアートに親しむ世の中になるといいなと思っています。5万円でも10万円でも、ちょっと奮発してお気に入りの絵を買ってきて「さて、家のどこに飾ろうか」と考えるときの心の充実感というのは格別ですよ。
この新型コロナの影響で在宅勤務が増え、自宅から会議に出席する機会も増えましたが、僕が話している画面の背景には壁に飾ったアートがいつも映っているはずです。決して広くはない独り住まいの家ですが、絵を1枚飾ることで文化性や暮らしに宿るんです。
僕は学生時代から、食うものを減らしてもいいから花や絵を買うことを優先してきたのですが、文化性にこそ人間の本質が表れると思っています。これからはますますそういう時代になるでしょう。
北野:人々の行動や生活が大きく変わろうとしている今だからこそ、何を大事にしているのか、個人も組織も価値観が問い直されているといえそうです。改めて、中野さんが考える「才能が生きる組織の条件」とは。
中野:一人ひとりが追求したい好きなことができる場所であること。仕事だからと無理やり作業を強いるところでは、才能は生かされない。作業が好きだという人もいますが、それはその人にとっての才能。嫌々仕事をする人をできるだけ減らすために頭を使うのが経営者の仕事だと思いますし、人がやらなくていい仕事はどんどん切り離して効率化していく。すぐに100点満点は無理でも、60点、70点と目指していく。その努力を惜しまないことで、才能を生かせる組織へと近づくはずだと思います。
北野:貴重なお話をありがとうございました。
(構成:宮本恵理子)
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