北野:働く環境づくりという点で、「賃上げ」の是非についてはどう考えますか? 以前、(元金融アナリストで日本在住経営者の)デービッド・アトキンソンさんと対談をさせていただいた際に、「日本企業は賃上げすべきだ。『賃上げしたら中小企業は潰れる』というのは反論にならない。従業員の生活を守れない会社は潰れるべきで、人材不足の環境下では職にあぶれることはない」とおっしゃっていたんです。この主張について、藤野さんはどう考えますか?
藤野:アトキンソンさんの意見に僕も賛成で、絶対に賃上げすべきですよ。安い給料でしか雇用できないようなブラック体質の企業は淘汰されるべきで、これまでブラック環境で耐えていた人たちがよりハッピーな環境で働けるようになるのはいいことだし、消費者にとってもよくなるに決まっているんです。「仕事がつらくて、でも辞められない」という人を1人でも減らして、楽しく働く人が増えたほうが絶対にいいじゃないですか。
北野:おっしゃる通りですね。日本のベンチャー企業のエコシステムは機能してきていると感じますか?
「金、女、車」vs「社会貢献」
藤野:かなり熟してきたというのが実感です。日本のベンチャーのエコシステムって、2000年ごろからできたんですよ。東証マザーズとナスダック・ジャパン(現東証ジャスダックに統合)という新興市場が誕生したのが始まりです。当初はいろんな人がやってきて、中にはヤクザっぽいのもいたし、変な人も混じっていていろんな不具合も起きたけれど、グシャグシャになりながらもとにかく始まった。
そこから上場してエグジットした人、キャッシュを持った人、それを応援した税理士や公認会計士や弁護士といった士(サムライ)業の人たち。いろんなプレーヤーが登場してから10年たった2010年ごろにはうっすらとしたエコシステムができあがったんです。
さらに10年たった今は、楽天やサイバーエージェントで活躍した人が新しい会社をつくったり、横のネットワークによる信頼関係も可視化されたりしてきた。エンゼル投資家と呼ばれる人たちもたくさん出てきて、それも5億円くらいの投資家から1000億円持っている人まで幅広く、キャラクターも真面目タイプからチャラ男まで多様化して、それぞれに合う士業も出そろってきたというのが今の状態だと思います。
北野:本当に多様化という言葉がぴったりですね。

藤野:起業家の会社を始める根本的動機もより社会的な関心に基づく人が増えてきましたよね。2000年代に登場したベンチャー起業家はガツガツしていて「金、女、車」という欲望ドリブンな目的の人が多かったのに対し、今の若い起業家は全然そこに興味を示さない。旧タイプの起業家からするとまったく理解できなくて「草食はけしからん」と言う。しかし、もう一方の新世代に言わせると、「あんな燃費の悪そうな車で二酸化炭素をまき散らして、何考えているんですか?」とまったく相いれない(笑)。
北野:藤野さんはどっち側とも話ができる方ですよね? どんなふうに双方の違いを受け止めているんですか?
藤野:どっちも面白いですよ。多様性は社会の豊かさの象徴だと思うし、どんな相手とも組めるのが投資家の面白いところ。これからは高校生から天才起業家が出るような時代になってくるんじゃないかと、楽しみにしているんですよ。
北野:さまざまな才能が生かされやすい時代へと進んできている流れがよく分かりました。そして、その才能を発揮する出発点は、「好き嫌い」に対して素直な感覚を磨くこと。とても勉強になるお話をありがとうございました。
(構成:宮本恵理子)
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