藤野:そう思います。1つの例を挙げるなら、K君という元社員がいます。彼は専門学校中退後のネットゲーム廃人時代を経て、アルバイトでためた65万円を元手に25億円まで増やした天才肌の個人投資家として有名でした。「お金はたくさん殖えたけれど、生きる目標がないんです」と相談に来たから、「だったらうちの会社に来て、君の力を世の中のために役立ててみたら」と提案したんですね。

 すると本当に来てくれて働くうちにみるみる顔つきが変わってきて、1年半後に「独立して、運用会社をつくってみたいです」と言うから「ぜひやったほうがいい」と背中を押して。今ではさらに10倍くらい資産を増やして200億円ほど保有する大投資家になっています。お客様のお金も集めて、僕らのライバルになろうとしている。うれしいし、面白いです。

北野:すてきなエピソードですね。藤野さんが「人を育てる」という観点から、社員の方々によく伝えていることってあるんですか?

「注意」は絶対にしない。“劣化コピー”をつくるから

藤野:口頭で指示することはほとんどしないんですよ。ああしろこうしろという指示はほぼ言わないし、絶対にしないようにしているのは“注意”です。一般的にはファンドマネジャーは「俺の言うとおりにやればいいんだ」と自分のコピーを育てようとする人が多いみたいだけど。

北野:そうですよね。いろんな業種・職種において、そうだと思います。

藤野:僕は絶対にそれはしたくないんです。なぜなら、コピーはどんなに頑張ってもマスター以上のものにはならず、劣化コピーになってしまうから。僕が欲しいのは自分の劣化コピーではなくて「最強のライバル」だから、“その人らしく”のびのびと成長してくれるのがいい。

 つまり、根本的には「放置」です。ただ、本当に何もせずに放置するのでは教育にならないから、1つだけ心がけているのは「環境を整えること」。僕らの会社の中で、仲間と一緒に仕事をするための領域と機会を与えるようにしています。これは結構チャレンジングなことでもあるんですよ。

北野:具体的にどういうことをなさっているんですか?

藤野:例えば、アナリストやファンドマネジャーを新たに採用するときに最初に言うのは、「基本的に何をしてもいいです」ということ。「ただ、毎朝決まった時間に来てもらって、会議で自分の意見をしゃべってください。それ以外は何をしたって自由です」と。勤務時間中に映画を観に行っても、ディズニーランドまでデートしに行っても、山手線に乗ってグルグル都内を回っても構わない。寝ていたっていいから、とにかく好きにしてくれと。

 企業調査のための出張費も上限なく出すし、往復する新幹線をグリーン席にしたり、3つ星ホテルに泊まったりするのも自由。経費の上限は設けていないから、体力と時間が許すだけ好きなように使っていいという話をするんです。

 話を聞いていた相手はたいてい驚いて「マジか。なんて社員思いの会社なんだ!」と言わんばかりに表情が輝きますよ。けれど半年もすると、だいたい皆パニックになるんですよ。「藤野さんは本当に何も言ってこないけれど、果たして自分は貢献できているのだろうか?」と焦り始めるんです。

北野:かえって緊張感が生まれそうですね。

藤野:そう。結構、怖くなっちゃうみたい(笑)。でも、これはプロとして大切な姿勢だと僕は思っているんですよ。会社の中で自分はどういう立場にあって、何をしなければならないのか。どういう貢献をこの環境の中でできるのか。それをずっと考え続けて、アウトプットをしていく。

 人間は大きく2種類に分かれて、自由を与えられたときに「よし、めいっぱい仕事ができるぞ!」と気合が入る人と、「自由だから何もしなくていいんだな」とサボる人。僕が選んでいるのは明確に前者ですね。

 さらにいいのは、この人たちは、いくら働いても潰れないんです。仕事は自分の中から湧き出す動機に基づいて楽しむもので、成長意欲も高いから、仕事をすればするほどエネルギーが高まっていく。

 付加価値のある仕事をするし、その価値が周りにもよい影響を与えていく。自分の持ち味や強みを大切にするから、「藤野さんのコピーにならなければ」なんて思うことなく、自分らしさを研ぎ澄ませていく。そういう人たちが集まる組織は絶対に強くなります。

 こういうプラスのスパイラルをつくっていきたいから、僕が心がけているのは「何も言わないこと」。これに尽きるんです。自分が練り上げたコンセプトやルールで、誰かの行動や考え方を染め上げるようなことはしたくないですね。

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