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子どもの頃から“好き・嫌い”を否定されている

北野:確かにそうですね。自分の意志を曲げてまで、お金を出して買うことは普通はしないです。

藤野:そう、建前では買わないし、忖度(そんたく)しながら買うこともない。ふらりと立ち寄ったコンビニで何を買ったか、その購買行動に現れるのは“むき出しの自分”なんです。自分らしさや意思が最もピュアに出るものだから、たくさんのお客様が買うものが、多分一番正しいんです。「お客様の声を聞きなさい」という教えはその通り。

 当社でも投資を決めるときには、企業調査をするアナリストに対しても、「その会社の商品が好きか? 社長が好きか? 会社そのものが好きか?」と必ず聞きます。それで少しでも言いよどんだら、投資はしません。

北野:「好き嫌い」を見極めるセンサーはどうやったら磨かれるのでしょうか? 僕が想像するに、学校で成績が良く、就職活動でも頑張ってきた、いわゆる“エリート”と呼ばれる人たちほど、「好き嫌い」に対して鈍感に過ごしてきたのではないかと思うんです。

藤野:恐らく、エリートであろうとなかろうと、「好き嫌い」に対して鈍磨している人が多いのではないでしょうか。なぜなら、子どもの頃から「好き嫌い」を否定する教育を受けているからです。

 「食べ物の好き嫌いをしてはいけません」「誰とでも仲良くしなさい」「嫌いな教科も頑張って勉強しなさい」と。好き嫌いをなくして標準化することが、日本の教育の大きな方針になっている。だから、ほとんどの人が堂々と好き嫌いを言えないのは当然のことなんです。

損得勘定で入社すると、待っているのは“絶望”

北野:確かにそうですね。就職を決めるときも、どちらかというと損得重視になっていると思います。

藤野:おっしゃる通りです。そうやって好き嫌いの感覚を磨けない教育を受け続けた結果、「自分の自由意思だけでは選べない」という体質が完成してしまう。

 少し話はそれますが、「少子化」が進む原因も「選べなくなっているから」だと、僕は思いますよ。少子化の手前にある「少婚化」、すなわち、結婚する男女が減っているのは、損得勘定なしに感情に基づいて選ぶ訓練が不足しているからではないでしょうか。

北野:スペックで選ぶことに慣れ過ぎてしまっている、と。

藤野:はい。働くことの意味や意義についても、きちんと教わらないまま社会に出てしまう。「働くことは楽しくてすてきなことだよ」と教えてくれる大人はめったにいなくて、どちらかというと“脅し”を受けるんです。「いい会社に入れるように勉強しなさい。そうしないと、食っていけないぞ」と。

北野:「将来楽をするために、いい会社に入れ。そのために、いい大学に入れ」というロジック。でも、その先にあるのって“絶望”ですよね。「楽したい」という動機で入社した人たちが集まる会社なのだから、仕事を押し付け合う世界しかないのではないかな、と。それが40年続くとしたら、絶望ではないかと思うのですが。

藤野:本当にその通りで、だから僕はすべての大人、学生たちに向けて、「好き嫌いを大事にしてほしい」と言い続けているんです。「自分が心から好きなことってなんだ?」と問い続けて、その先へと向かってほしい。

 しかしながら、この問いに答えられる人は少ないです。当社の採用面接に来てくれる人たちに「5年後、10年後に何をしていたいですか?」と聞くと、絶句されることが多くて。残念ですが、そういう人は投資家に向かないので採用はできません。なぜなら、自分の好き嫌いを分からない人が会社の価値判断をできるわけがないので。