全7788文字

 才能を殺す組織と生かす組織は、何が違うのか。新卒採用のクラウドサービスを手掛けるワンキャリア(東京・渋谷)の取締役で作家の北野唯我氏が対談を通じて探っていくシリーズ連載。今回のゲストは、著書『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』が話題の埼玉大学経済経営系大学院の宇田川元一准教授。上司や部下とぎくしゃくした関係に悩むビジネスパーソンが多い中で、組織の「溝」を乗り越えるにはどうしたらよいのかを、前・中・後編に分けて掲載する。

 後編は、組織の中で困難に直面したり、他者と衝突したりしても「面白がる」ことの大切さなどから、組織の中で自分の能力を発揮し、他者と理解し合うヒントを探る。

■お知らせ
北野唯我氏をゲストにお招きしたイベント「Raise LIVE」を2020年2月13日(木)夜7時から開催します。テーマは「天才を殺す組織 生かす組織」。対談のお相手は、シェアリングエコノミーなどに注力するガイアックスの上田祐司社長。ガイアックスはフラットな「ティール組織」を実践することで知られます。なぜ、「ティール組織」なのか。モデレーターは日経ビジネスの大竹剛。ぜひご参加ください。

[Raise LIVEのトークイベントに申し込む]

埼玉大学経済経営系大学院准教授の宇田川元一氏(左)とワンキャリア取締役で作家の北野唯我氏(写真:竹井俊晴、以下同)

前編中編から読む)

北野唯我氏(以下、敬称略):講談社から発売中の『分断を生むエジソン』という本で僕が書きたかったのは、ビジネスにおける愛情の価値です。お互いに対する愛情がなければ、分断を生んでしまうというメッセージを込めたつもりです。

 この本にも書いたのですが、僕は「経営者は3つの小さな経営者を雇っている」と考えていて、その3者とは、発明家と戦略家と投資家です。優れた経営者はこのどれかを必ず持っていて、中にはすべてを併せ持っている偉大な人もいる。例えば、ゼロからイチを生み出す創業期にはクリーイティブな発明家が最も力を発揮するけれど、ビジネスの時価総額が大きくなっていくと、成長率を維持するための戦略家や投資家の役割が増えていく。そんなイメージです。

 その中で投資家の大事な役割の一つが「面白がる力」だと僕は思っています。テレビで長く活躍されている芸人さんの中でも東野幸治さんや今田耕司さんは、言い方は失礼ですが、ものすごく面白い発言をするわけじゃないのに、ずっと業界で活躍されている。それはなぜかというと、新人や若手の方を面白がるし、滑ったときにも絶妙なフォローをしてあげるという包容力が素晴らしいからだと聞いたことがあります。

 こういったある種のプラットフォーマーのような役割は、ビジネスでも同様に大事ですよね。自分とは異質の新しいものが登場したときに、排斥しようとせずに面白がれる能力。「なんで面白いのかな。自分とどう違うのかな」と向き合えるファーストアクションをとれるかどうかが、大きな分岐点になる気がします。

宇田川元一氏(以下、敬称略):いかに面白がれるか。非常に重要ですね。北海道に「べてるの家」という精神障害のケアのコミュニティーがあるのをご存じですか。べてるの家では、病気は怖がるものではなく、面白がるもの。年に一度の「べてる祭り」では、一番面白い妄想・幻聴の体験を発表した人を表彰していて傑作がそろうんですよ(笑)。

 代表の向谷地生良さんには何度もお会いしているのですが、そこで実践されている「当事者研究」というアプローチはとてもユニークで、各方面から注目されています。病気にかかった当事者が、病気を自主研究するんです。

 例えば、「幻聴さん」というふうに、問題に名前を付けることで、自分の内側から取り出して対象化し、「幻聴さんはどういうときに暴れるのか、どういうときに協力してくれるのか」といった観察・分析ができるようになる。そこから発展した研究の1つに「ほめほめ幻聴の研究」というのがあります。

北野:ほめほめ幻聴? どういうものなのでしょうか。

宇田川:統合失調症にかかると、症状の一つに幻聴があるそうなんです。年がら年中、耳元で「ばか」とか「死ね」とか聞こえてきて苦しめられるそうなのですが、ごくたまに「お前最近頑張ってるな」と褒められることがあるらしいのです。これを「ほめほめ幻聴」と名付け、これを増やしたいと考えた人がいるんです。

北野:幻聴をなくすのではなく、褒めてくれる幻聴の割合を増やしたいと考えたわけですね。

宇田川:そうです。斬新ですよね。恐らく一般的な精神科医なら「幻聴があるなら、お薬を増やしましょうね」となるはずですが、そういう治療ではなくて、本人が「自分がどういう状態のときに“ほめほめ幻聴”が増え、どういう状態のときに“だめだめ幻聴”が増えるか」という研究をしたわけです。結果、人とのつながりが減ってくるとだめだめ幻聴が増え、一生懸命つながりを持とうと頑張っているときにはほめほめ幻聴が増えることが分かった。

 つまり、彼にとっての苦しみは「幻聴」ではなく、「寂しさ」だったんですね。もっといえば、彼にとって幻聴は「寂しさを教えてくれるサイン」だった。べてるの家では、「病気はあなたを助けに来ている」と言われています。もっといい方法に出合うためのステップとして、病気との出合がある。問題を歓迎して、研究対象にしていく成功例として、とても注目しています。

北野:すごく興味深いですね。僕も面白がる気持ちは持ち続けたいと思っていて、『天才を殺す凡人』という本の中で、ビジネスの本質を語るキャラクターに「犬」を登場させたんですね。僕としてはちょっとした遊び心のつもりだったのですが、発売後にアマゾンのレビューに早速付いたコメントが、「中身については文句なし。ただし、犬が微妙だったので星3つ」というもので……(笑)。犬のせいで星を2つも失ってしまったと笑いながらもへこみました。

 新しい試みに対して、「いいね」と評価してくれる人がいる一方、「そんなの意味がない」「けしからん」と批判を受けることは仕方がないのでしょうね。

宇田川:まずそうやって「遊んではいけない」という考え自体が一つのイデオロギーなのだと気づくことが、大きな一歩だと思いますよ。

北野:なるほど。

宇田川:「軍隊においては遊ぶことは死に直結しますから、確かに危ないですよね。そんな考えを持つあなたは、やはり兵士なのですね」と。一方で、「もしもいつか行き詰まりを感じたら、遊んでみるのも悪くないですよ」と提示して、いつでも歓迎するゆとりを持つこと。相手にとってたまたまそのタイミングではなかったのだと考えて、焦らないようにする。僕ならそう考えます。べてるの家も、40年前からコツコツと、何度も危機を迎えながらしぶとく続けてきて、ようやく今、メインストリームの人たちが振り向き始めているのですから。

北野:勇気づけられますね。そうか、いつか犬の価値に気づいてもらえる日が来るのかもしれない(笑)。

宇田川:もう一つ大事なのは、相反する意見を持つ者同士だとしても、この世界においては共存していかなくてはいけないという事実を見つめることです。

 僕も理論研究者の立場として、原理的に物事を考えて伝えていきたいと思いながらも、なかなか伝えたい相手に刺さらないという歯がゆさは何千回、何万回も味わってきました。試行錯誤を通じて分かってきたのは、「これをやったほうが、あなたにとって得です」と割り切って伝える姿勢がやはり必要なのだということです。

 「対話かノウハウか」ではなく、「ノウハウを生かすために対話をしましょう」と、“or”ではなく“and”のロジックで伝えていくことを、本を書く際にも非常に気をつけました。相手にとってそれが本当に役立つものであると、丁寧に正しさを証明していく勝負をしていかないといけないのだと、最近は特に強く意識するようになりました。