経営者も「ダブルバインド」に悩んでいる

北野:あともう1つ、ダブルバインドについては経営者もまた悩んでいるのだと気づいた経験が、前職のコンサルティングファーム時代にあったんです。

 あるプロジェクトをパートナー以下5人で担当していて、僕が一番若いメンバーだった案件です。プロジェクトが終わろうとする頃にパートナーがやってきて、「この案件はプロボノで受けているので、今後継続するかどうかは、君たちがやりたいかどうかで決めていい。話し合って明日回答してほしい」とおっしゃったんですね。

 その後、パートナー以外の4人で集まって話し合うと、全員が「やりたくない」で一致。翌日、パートナーの前で意思表示する場面で、僕はてっきり前日通りの回答がされるものと思っていたのですが、4人の中で最も偉いプリンシパルが「僕はやりたいです」と。え? と内心驚いていたら、次に偉い人も「やりたいです」。「君はどう思う?」と聞かれた3人目は「やるべきだと思います」と答えて、パートナーから「いや、やりたいかやりたくないかで答えてほしい」と2度促され、ようやく出た答えが「やりたいです」。

 最後に「北野君はどう思う?」と聞かれたので、正直に「僕はやりたくないです」と答えたら、他3人が「えー!」みたいな反応をしてきて(笑)。いやいや、あなたたちの答えのほうが「えーー!」だよ、と僕は思ったんですが、横でパートナーがめっちゃ笑っていて。

 理由を聞かれて、「これまでこういう経緯で、やるべきことは全てやったし、次のプロジェクトに僕は挑戦したいです」と説明したら、パートナーも納得した様子で、結果として継続はしないことになったんですね。

 後日、パートナーと話す機会があったときに、「北野君だけ本当のことを言ってくれてうれしかった」とおっしゃっていて。それを聞いて気づいたのは、経営者も「メンバーには本当のことを言ってほしいのに、言ってくれない」と悩んでいるのだな、と。日ごろからオープンにドアを開いているつもりなのに、メンバーは突然退職を切り出し、「実はこういう不満があった」と打ち明けられる。ここにもまた、深刻なダブルバインドがあるのではないかと感じています。

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