日本は「開かれたアジア」を目指す

 普遍的価値への世界的逆流の中で、安定したリベラル秩序を維持する日本の役割は、「普遍的価値」に基づく国際秩序の維持・擁護のための外交を展開することである。前回指摘した通り、11カ国による環太平洋経済連携協定(TPP11)や世界貿易機関(WTO)改革や「自由で開かれたインド太平洋」構想は、その具体的行動である。

 そして、そうした外交は、中国を排除するものではなく、中国を巻き込んでいく可能性も念頭に置いた「開かれた」営みであるべきである。先般、福岡県で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議では、債務の透明性や持続可能性へのコミットメントが確認され、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が承認され、来るG20首脳会議(大阪)でも採択される。「債務の罠(わな)」といった批判が出る中で、「一帯一路」を推進する中国を含めた主要諸国が国際スタンダードに合意した意義は小さくない。

 グローバル化の潮流とパワー・シフトは厳然たる事実である。それは、世界の国内総生産(GDP)の変化や米グーグルなどの「GAFA」に代表されるデジタル・エコノミー(第4次産業革命)の進展を見れば、明らかだ。

 1988年、冷戦終結の前の年(平成の始まりの前の年)、世界のGDPに占めるアジアのシェアが22%の時に、世界の16%を占めた日本はアジアの圧倒的経済大国であった。しかし、2018年、アジアの世界シェアが29%に高まる中で、日本の世界シェアは6%に低下した。中国は16%である。見通し得る将来においてこの流れが逆転する可能性はあまりないだろう。むしろ日中の差がさらに開いていく可能性が大きい。要因として、日本がIT革命に乗り遅れたことも指摘できるだろう。

 この事実を直視し、中国とアジアのダイナミズムをどう取り入れていくのか、対中戦略をアジアの秩序づくりやサプライ・チェーン形成にどう連動させていくのか、政府にも企業にも能動的でしたたかな戦略が求められている。それは、過去の成功体験にとらわれない、そして北朝鮮や中国の脅威を声高に叫ぶだけの「犬の遠吠え」に終始しない、大胆な発想と骨太の議論によって生まれるものである。そのキーワードが「開く」である。

 日本が追求すべきは、グローバル化の中での「開かれたアジア」である。21世紀に入る直前の小渕恵三政権の時代、私が奔走したプロジェクトがある。各界の指導者や有識者からなる「アジア経済再生ミッション」だ。アジア諸国を訪問し、議論を深め、具体的政策提言(自由貿易協定の締結、羽田空港の国際化、介護・看護の分野での外国人材の受け入れ、留学生受け入れの拡充、英語のコミュニケーション能力の強化など)を取りまとめた報告書を小渕総理に提出した。

 時間はかかったが、提言の多くがその後具体的政策に結実していった。日本を開き、アジアを開く。それは、「価値」というよりは「方法」である。自由や民主主義や法の支配などの普遍的「価値」と多様なアジアの「方法」の相互作用を論じることがアジアにおける「文明の対話」の要諦であるべきだろう。多様なアジアは、「自由で開かれた法の支配に基づく国際秩序」の下でこそ平和と繁栄を維持できる。日本は、引き続き、保護主義やブロック化に反対し、グローバル化の中での多様性を尊重する「開かれたアジア」の実現のために汗を流すべきである。