米中貿易戦争は貿易・経済の分野にとどまらず、軍事や安全保障の分野にも及ぶ。中国側では、米中関係がまったく新たな局面に入ったとの認識の下、「新冷戦」という言葉こそ使っていないが、長期戦に備える態勢・モードに入りつつある。
それを象徴するのが、習主席の「新長征」発言である。5月20日、習主席はかつて紅軍が苦難の長征を開始した江西省を訪れ、「今こそ新長征の時であり、再び新たな出発をしなければならない」と述べて、国民と危機感を共有する姿勢を示し、団結を訴えた。習主席は毛沢東の「持久戦論」を読むことを指示したとも言われ、米国との長期で困難な戦いを勝ち抜く意思を固め、国民を鼓舞する。
ちなみに、江西省は先端技術に欠かせないレアアース(希土類)の産地でもある。習主席は、米中貿易協議の中国側首席代表を務める劉鶴副首相を伴って、レアアース工場を視察している。中国は世界のレアアース埋蔵量の3分の1を占め、⽶国の輸⼊の80%が中国からである。中国政府はその輸出停止もちらつかせる。工場にかかった標語は、毛沢東の署名入りの「自力更生」である。
反⽶・抗⽶感情が⾼まる中で、「近代の屈辱」と⼤国意識の混ざり合った⺠族感情が党や軍の中の強硬論を後押しすれば、中国外交は硬直化し、米中貿易戦争は政治的・文化的色彩も帯びて、「新冷戦」の様相を濃くしていくだろう。
中国が取る戦術
しかし、中国側の分析には、米国も国内的に相当苦しいはずだとの観測があり、持久戦となれば忍耐と犠牲の精神にあふれる中国が勝利するとの自信も示される。そこには、中国独特の面子(メンツ)や大国意識もある。それを象徴する語りとして中国で耳にするのがこんな言葉だ。「中国経済はすでに池にあらず、海となっている。池ならば暴雨に壊されもするだろうが、海であれば幾たびの暴雨を経ても、依然としてそこにあり続ける」。習主席の語ったこの言葉は、SNSで何百万回も再生されたという。
また、中国にとって経済発展は共産党統治の正統性のよりどころであり、「発展する権利」を放棄することは中国共産党の存亡に関わる。中国共産党支配という政治体制と社会主義市場経済という経済体制も中国の核心利益であり、譲歩の余地はないとの立場だ。
とすれば、⽶国が問題にするハイテク産業育成策「中国製造2025」を口にすることは控えつつ、知財保護や外国企業への技術移転強要禁止などに努力する一方で、原則問題では譲歩せず、持てるカードをのぞかせながら、⾃らやるべきことに集中することが中国の戦術であるように見える。それは、中国の政治経済体制の範囲内で改⾰と開放をさらに進め、「⼀帯⼀路」による巨⼤経済圏を着実に建設し、「アジア⽂明対話」による平和共存圏を打ち⽴てることだが、それが「中華民族の偉大な復興」というナショナリズムと「強国・強軍の夢」という力の追求を伴って押し進められる限り、米国との対立や世界との摩擦は続くだろう。その意味で、米国の強い異議申し立ては衝突の危険をはらみつつも、中国の傲慢さや野心に掣肘(せいちゅう)を加え得る数少ない政策の一つと言えるのかもしれない。
問題は、そうした「異議申し立て」を同盟国やパートナー国と緊密に連携して強力に実施すべきなのに、現状は、中国にはない世界的な同盟網やリベラル秩序を弱体化し、「アメリカ第一」という近視眼的一国主義に陥ってしまっていることにある。
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