WTO改革のカギは中国にある

 中国は、WTO加盟後の発展を見て明らかな通り、第2次世界大戦後に米国が築き上げ、冷戦後に世界に広がった「自由で開かれた国際経済システム」の下で、今日のような経済大国となった。今後も中国が経済成長を維持していく上で、WTOを柱とする国際経済システムを維持していくことが中国の国益にも資するはずだ。

 振り返れば、1929年に起きた世界経済恐慌によって、各国は経済ナショナリズムに駆り立てられ、保護貿易とブロック経済化が進んだ。そして、それが第2次世界大戦の一因にもなった。

 戦後、保護主義への防波堤として、GATT体制が創設され、以来WTOに引き継がれた後も、世界経済は自由貿易の恩恵を享受し、貿易の拡大にけん引されながら発展してきた。その恩恵を最大限享受して発展したのが20世紀後半の日本(1955年にGATT加盟)であり、21世紀初頭の中国(2001年にWTO加盟)である。その意味でも、日本と中国はGATTとその後のWTOのルールを順守し、その体制の強化に努力する必要がある。

 現在の保護主義の広がりや貿易戦争の激化は、戦前の世界経済状況とその影響を振り返れば、それがいかに危険であるかが理解できよう。WTOは、「共通の貿易ルールの取り決めと監視」及び「貿易紛争の解決」という役割を担っている。しかし現状では、その役割を⼗分に果たしているとは⾔いがたい。国際貿易システムを、公正、透明で、知的財産権の保護や、電⼦商取引、政府調達といった分野で実効性のあるものとすべく、WTO改⾰を押し進めることが喫緊の課題だ。

 一つの問題が、輸出大国の中国や韓国が依然、発展途上国としての「特別かつ異なる待遇」特例を受けていることである。「共通の貿易ルール」と言いながら、「途上国」分類が自己申告制によるため、「中国製造2025」を掲げる中国や経済協力開発機構(OECD)加盟国である韓国などが先進国ルールの縛りを免れている現状は、「公正」な貿易からほど遠く、何らかの形で是正されるべきだろう。

 この点を中国の学者に指摘すると、1人当たりの国民所得という国際基準によっているとの公式回答に加え、「中国は常に発展途上国の側に立ってきたので、途上国外交や南南協力の観点からも、先進国とは名乗りずらい」との釈明が返ってきた。「⼀帯⼀路」構想の下で、巨額の経済インフラ・プロジェクトを世界で建設し(中国の国内からは、そんな金があるなら中国国内の貧困対策に使うべきだとの声も聞こえる)、月の裏側に宇宙ロケットを飛ばす国が途上国なのかという疑問にどう答えるのか。米国からは「卒業要件」の具体的指標が改革案として提示されている。日米欧が連携して、議論を前に進めるべきだ。

 また、種々の規制、補助金、不透明な許認可制度、技術の強制移転などの「非市場志向」的な貿易慣行の是正も必要だ。貿易に影響を与え得る補助金や規制などの自国産業優遇策の導入には報告義務があるが、中国はそれを怠っている。日米欧は、罰則を科す方向で議論を進めようとしている。自国企業への巨額の補助金供与や外国企業への技術移転の強要は、米中貿易協議で焦点となっている問題でもある。離脱も辞さない構えの米国をWTOにつなぎ留めるためにも、速やかなWTO改革が必要とされている。

 WTOは全会一致を意思決定の原則としているため、時代の変化に見合った改革を実現することは容易ではない。しかし、世界最大の貿易大国となった中国の建設的対応を含め、国際社会全体が公正で透明な貿易体制の実現に向けて努力することが国際貿易を発展させることにつながる。それは、中長期的には、中国を含むすべての国家の国益に資する。日本の役割は、そのことを説いて、WTO改革を前に進めることである。それが、「自由で開かれた法の支配に基づく国際秩序」を維持・擁護し、貿易立国日本の国益を確保する外交努力だと言える。

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