中国の過剰な自信と米国の警戒感
中国外交の基調は「韜光養晦」から「積極有所作為」、そして「奮発有為」へと変化し、増大するパワーを背景とする「力の外交」が顕著になっている。そもそも、「韜光養晦」は鄧小平が後に続く指導者たちに残した長期戦略であり、台頭国家が世界の警戒感を高めないようにする戒めであった。しかし、力を持てば力を使いたくなるのが人間の性である。その戒めは過剰な⾃信や⼤国意識に取って代わられた。アヘン戦争以来の「近代の屈辱」と混じり合った強国願望というナショナリズムは、経済成長と並ぶ中国共産党の正統性の柱である。核心利益や「強国・強軍の夢」は、「平和発展」や「新型国際関係」の言質とは相いれない中国像を作り出している。
米国で広がる対中警戒感の背景には、そうした中国の急速な力の台頭と過剰な自信がある。その点は、連載3回目で指摘した通りである。台頭国家の傲慢と覇権国家の恐れが戦争を不可避とする「トゥキディデスの罠(わな)」に陥る危険が論じられるゆえんである。
習近平国家主席は、「トゥキディデスの罠」を否定して、米国に対して、非対立・非衝突の「新型大国関係」を提唱し、国連演説では「平和な国際環境」と「安定した国際秩序」が不可欠との認識を示した。米中貿易戦争は中国の経済成長に影を落とし、「新冷戦」とも言われる米中の覇権闘争は「平和な国際環境」や「安定した国際秩序」を揺るがす。「トゥキディスの罠」や「新冷戦」を回避するためには、中国自身が「平和発展」を行動で示し、国際秩序と国内秩序とのあつれきや「世界第二の経済大国」の地位と「世界最大の途上国」の地位の矛盾を解消する努力をしなければならない。その一つがWTO改革に積極的に協力することである。
筆者は、中国での国際会議で、「言必行、行必果(言ったからには約束を守り,行う以上はやり遂げる)」という論語の言葉を引用して、世界での影響力を増大させている中国の「行」が問われていると述べたことがある。主権国家以上の権力主体の存在しない国際社会では依然として権力政治の色彩が濃い。パワー・バランスと国際秩序の変化する時代にあって、日本の3倍近い国内総生産(GDP)を擁するようになった中国の言動を注視し、「自由で開かれた法の支配に基づく国際秩序」の擁護のために日本として何をすべきか、何ができるか、との観点から戦略的な外交を積極的に展開することが求められる。
その意味で、WTO改革は、日本の繁栄、そして自由貿易の枠組みを支える国際貿易システムという国際秩序の維持・擁護という国益に直結する重要な外交課題であり、日本としては、2006年の訪中の際に、安倍晋三首相が胡錦濤国家主席との間で合意した「戦略的互恵関係」の具体化の一つとして、WTO改革における中国の建設的参画を求めていくことが重要である。
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