これまで、米中貿易戦争の激化の背景や米中両大国の利害や価値の衝突について論じてきた(過去の連載記事はこちら)。大きな構図として、世界的なパワー・バランスの変化があり、その最大の要因が中国の台頭であること、そして、それに対する米国の戦略の転換があって、両大国の対立・闘争が貿易のみならず、政治や安全保障、更には文化や価値にまで広がっていることを明らかにした。
パワー・バランスの変化は、国際秩序の変化をもたらす。国際秩序はパワーの体系であり、価値の体系でもある。戦後、特に冷戦崩壊後の世界秩序は、米国が主導して構築した「自由で開かれた法の支配に基づく」リベラル秩序が支配的であった。例えば、国際通貨基金(IMF)や世界銀行を中心とする国際金融システム、関税貿易一般協定(GATT)/世界貿易機関(WTO)を中心とする国際貿易体制、あるいは「航行の自由」の原則などがある。
しかし、21世紀に入ると、イラク戦争や世界金融危機で、米国の圧倒的パワーに陰りが見え、中国が台頭した。オバマ前大統領は米国が「世界の警察官」ではないと表明し、トランプ大統領は「米国第一」を宣言し、世界に「力の空白」が生まれ始めた。その空白を埋めるかのように、地域大国や非国家主体が現状変更に動いた。米国が支えてきた国際秩序に動揺が見られ、その崩壊を懸念する論者も少なくない。特に、米国では、中国の急速な追い上げに警戒感が高まっており、中国が推進する「一帯一路」をにらんだ「自由で開かれたインド太平洋」戦略(日本は「構想」と呼称)、WTO改革、南シナ海での「航行の自由作戦」など、国際秩序をめぐる米中のせめぎ合いも激しくなっている。

日本は2013年の「国家安全保障戦略」において、戦後初めて日本の国益が何であるかを政府として明確に規定した。そこには、国家・国民の安全と繁栄に続いて、「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・擁護すること」が日本の国益として掲げられている。
日本は、普遍的価値やルールに基づく国内秩序を維持してきたリベラル国家だ。リベラルな国際秩序が動揺する中で、日本がそうした秩序の維持・擁護に努めることは日本の国益に資するものであり、日本として果たすべき役割は小さくない。その一つが、後述するWTO改革である。
問題は、リベラルな秩序の後退が、連載3回目(「激化する米中対立、互いに譲れない理由がある」)で見たように、米国が「国家安全保障戦略」(2017年)で「米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」と位置付けた中国の現状変更の動き(例えば、南シナ海)や新たな国際秩序形成の動き(「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行=AIIB)によって起きているだけでなく、リベラル秩序の中心にいるはずの米国の保護主義や一国主義によっても助長されていることにある。その一つの例が、米国の環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱である。日本が主導して米国抜きの「TPP11」を実現したことはリベラルな国際秩序を維持・擁護する上で重要であり、将来の米国の復帰もにらんだ戦略的布石として評価できる。WTO改革もそうした外交の延長線上に位置付けられる。
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