※2019年11月8日公開の「映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ」が、異例のヒットとなり、大人の男性向け上映会も行われるなど話題になっています。このキャラクターが持つ魅力はどこにあるのかを探ったインタビューを再掲載します。
日経ビジネスオンラインに、2015年10月10日に掲載したものを転載しました。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。
「ここがおちつくんです」
「ここにいたいんです」
電車のロングシートの隅、喫茶店なら窓際の奥、会議室なら角の椅子を選ぶ。「遠慮しないで、真ん中に出ておいでよ」と誘われても、隅っこにいたい。目立たなくていいから、落ち着いてくらしたい。そんな気持ちは、日本人ならかなりの比率で持っているのではないだろうか。もちろん、私もそのひとり。
「だから日本人はグローバル競争に弱いんだ」という話はひとまず置いて、控えめな気持ちを体現したかのようなキャラクターが今、ヒット中なのをご存じだろうか。オリジナルキャラクターの文具、雑貨、ライセンスビジネスの大手、サンエックスが2012年9月に発売した「すみっコぐらし」だ。
二頭身(?)のまるっこい体型のかわいらしいデザインだが、よく見るとちょっと背をすくめ、手を前に合わせて、どのキャラクターも内気でおとなしそうで自信がなさそう。設定を見れば、寒いのが苦手なしろくま、言いたいことが言葉に出来ない内気なねこ、食べ残されてしまったとんかつの端っこ、エビフライのしっぽにタピオカ、などなど、どいつもこいつも一癖持っている。そんな「すみっコ」たちが、文字通り部屋や本棚やソファーの隅っこで暮らしているという設定だ。
サンエックスのキャラクターと言えば、最も知名度が高いのは「リラックマ」(デザイナーはコンドウアキ氏)だが、「すみっコぐらし」はデビューから3年足らずの間に、早くもリラックマに次ぐ柱に育っているのだという。それも、同社の資料に依ると、小中学生と同じかそれ以上に、社会人に支持されているのだ。
日本人の「すみっこ」心を鷲掴みにしたこのキャラクターはどんな切れ者デザイナーが生み出したのか、興味津々で東京・神田のサンエックス本社にうかがった。
(サンエックス本社の、キャラクターグッズが溢れる打ち合わせスペースにて)
制作本部商品企画室・鈴木正人次長(以下鈴木):…デザイナーの横溝はまもなく参ります。日経ビジネスさんが「すみっコ」に興味を持たれるというのがちょっと意外で、先に、今日のお話のきっかけというのをうかがっておきたいのですか。
もともとは個人的な興味です。2年前、たぶん発売になってすぐ、当時小学校低学年だった娘がこのキャラクターに「はまった」んですね。
鈴木:ああ、娘さんが。
うちはディズニーランドに一度も行ったことがない一家で、キャラクター商品もほとんど置いてなかったんですけれど、すみっコをきっかけに、ずるずるとこちらの世界からの浸食が始まりまして。
鈴木:では、今ではそれなりに買っている?
ええ、抑えよう、抑えようとはしているんですけど…あの辺のキャラクターまで入ってきています。
鈴木:あ、すみっコに限らずほかのものまでですか。
すみっコを入り口にして、「まめゴマ」とか、「センチメンタルサーカス」でしたっけ? 気がつくと、御社のキャラクターがどんどん増えてくるんです。
鈴木:じゃあ、その後ろの「リラックマ」もありますか。
実はリラックマは、「どメジャーなキャラだし、私たちまで買わなくてもいいか」と思っていたんですが、最近はじんわり抵抗感がなくなってきて、まずいなあ、と…
制作本部デザイン室 デザイナー 横溝友里さん(横溝):お待たせしました、初めまして。
初めまして。Yと申します。よろしくお願いいたします。
鈴木:取材のきっかけはお嬢さんだそうです。
横溝:ああ、うれしい。
鈴木:Yさんのお家は、すみっコが入り口で、でもまだリラックマには、いってないということなんですね。
一家して、好きな人が多い物事を遠ざけてしまうところがありまして。でも考えてみると、「かわいいんだけどちょっとひねくれたセンスが感じられるキャラクター」というか「ちょっと変」なものに対しては、我が家の連中は心を開きがちなんですね。そこに、どんぴしゃで、すみっコたちが飛び込んできたようなところがあった。
「すみっコ」が大黒柱に
キャラクター事業部 広報宣伝担当 桐野朋子さん(桐野):ははあ、ちょっと変(笑)。なるほど。
同時に、自分たちがちょっと世の中の流行とズレている、と思っていたので、「このすみっコたちは、世の中に受け入れられるんだろうか」と心配していたら、キャラクター文具のコーナーに行くたび行くたび「すみっコぐらし」の扱いが大きくなって、「これもう、全然すみっこじゃないじゃん」と…
鈴木:それはよく言われますね。
横溝:言われますねー。
桐野:あっという間に当社の大黒柱です。
ということで、このヒットの背景と、御社がどのようにして「すみっコぐらし」を世の中に送り出したのかを、聞かせていただければと思っております。
鈴木:ということは、「すみっコぐらし」の誕生からここまでの経緯をお話しすればいいでしょうか? では横溝から。あのノート、持ってきた?
横溝:はい、これは私のネタ帳といいますか、落書きノートなんですけれど。
これが元ネタなんですね、本当に隅っこに書かれていますね。
横溝:これが本当に最初でして。「たぴおか」風の、ちょっと何か体育座りしているようなやつだったんですけど。学生時代から「キャラクターを作りたいな」と思っていたので、ネタ帳を持ち歩いて、思い付いたかわいいことを描くようにしていたんです。
そんな努力が。
横溝:そうなんです。サンエックスにずっと入りたいという気持ちがあったので、そのためにはキャラを、ああ、もう、とにかく出さなきゃ、と考えて。
桐野:本当にそのまま取ってあったんだね。
入社1年目、ネタがない、こうなったら…
横溝:取ってあったんです。それで、もう何でもいいから、思い付いたものを出そうというときに、藁にもすがる思いでこれを。
入社試験ではなくて、入社後のお話しですか。
横溝:はい、入社して1年目のとき、新キャラを発表する場があるんですけど…
ということは、「すみっコぐらし」って、横溝さんが入社して1年目に作ったキャラなんですか。
鈴木:そうなんですよ。1年生が「自由カンプ」、社内コンペに出してきたキャラなんです。
横溝:年に7、8回くらい、デザイナー全員で新キャラを考えるんですけれど、そのときは本当にネタがなくて…。多分デザイナーはみんなそうだと思うんですけど、コンペを繰り返すうちにだんだん自分の持っているものがなくなっていく。このときも、何かないかなって泣きながら自分の書いたメモを前夜とかにあさったんですけど、「ああ、これがあったからもう1回やってみよう」となって。
それまではわりと忘れ去られていた感じですか。
横溝:それまではそうですね。「すみっコ」ってだけじゃ(キャラクターに)できないんじゃないかと思っていたので。「もう何でもいいや」という気持ちで。
ある意味苦し紛れというか。
横溝:そうです。ある意味、本当に苦し紛れな感じだったんですけど。それで出してみた。もともと私自身も場所の隅が好きなんですけど、日本人もよく電車の隅の席とか座るじゃないですか。そういう気持ちをみんな持っているんだろうなというのがあったので、「じゃあ、隅にいる人ってどういう人なんだろう」と考えて、「こういう性格のキャラだったら隅が好きなんじゃないか」というので、1キャラずつ性格を付けていったのが最初だったんですね。
なるほど。2012年9月発売でしたよね。そのコンペがあったのはいつでしょう。
横溝:2011年の11月でした。
鈴木:そのときにデザイナー全員が最低1点以上新キャラクターを発表するんです。年8回として、デザイナーが今30名ぐらいいますので、年間で250ぐらいのキャラクターが出るんですけど、その中で、市場に出るキャラクターって1本か2本なのです。
いきなり「これはうちらしいよね、これで行こう」
厳しいですね。どういうふうに絞り込んでいくんでしょうか。
鈴木:通常はこのカンプ出しをやった後に、社内で票入れを通して絞り込むんです。絞り込んだものは、今度はユーザー向けのアンケートというのがありまして、店頭等でカンプ、つまりデザインを一覧してもらって票を入れてもらう。それをやった後に、今度はテスト販売です。まずメモ帳だけを作って、実際に店頭に送り込むんですね。ここで売れたものがやっと「トータルキャラクター」(自社、ライセンスの両方で、様々なグッズ展開が可能なキャラクター)になるか、ならないかという、そういうステップなんです、本来は。
そこまでやっても、サンエックスのキャラクターになれるとは限らないし、まして売れるとも限らない。
鈴木:そうです。ということで、カンプ出しからアンケート、テスト販売、それでやっとトータル化しようか、すまいかという議論がされるというステップが通常はあるんです。
通常は、ということは?
鈴木:ですけど、このすみっコぐらしは、カンプ出しから社内アンケートはやったんですけど、そこから先、店頭アンケートとテスト販売は飛ばしていきなりトータル化を決めたんです。ちょっとイレギュラーなケースです。
なぜそうなったんでしょう。
鈴木:当時、「来年(2012年)の9月に新キャラクターを発表しよう」という枠だけは決まっていたんですね。だけどなかなか候補が絞れずにいたところに、ちょうどこのキャラクターが自由カンプに出てきて、来年のキャラを選定するメンバーの中で「このキャラクターはいいんじゃない」というふうになっていたんですよね、自然に。
自然に。
鈴木:自然になりましたね。決定的な候補がなくて困っていたというのもあるんですけど。「これならいいかも」って、そんな感じで決まったという経緯がありまして。
そういう例はほかにもありますか?
鈴木:実は、さきほど上げられたセンチメンタルサーカスもそうなんです。それ以外は、基本的に先ほどのステップをみんな踏んでいる。うちの中の考え方でいうと、「店頭に出る」というのは、もうすでに選りすぐられたエリートたちなのです。
初公開?! オリジナルの「すみっコ」
鈴木:流通でご評価していただいているのは、弊社のキャラクターには、基本的に「外れがない」んですね。背景にはかなり厳しい調査があって、その結果、信頼していただいている。
その信頼はものすごく大事ですよね。絶対壊せませんよね。でも、そういう自覚のある方たちが、すみっコについては「裏付けを取らずともよかろう」ということになったと。
鈴木:最初のカンプは持ってきた?
横溝:最初はもうこんな感じだったのですが…。
いや、素人目にはもうほとんど、商品化されたすみっコそのままじゃないですか。あ、「おばけ」(追加されたキャラクター)がいる。最初からいたんですね。あれ、「シロクマ」かと思ったら「ウサギ」だ。
横溝:そう、最初はウサギだったんですね。カッパって書いていて、でもやめたりとか。
鈴木:最初のカンプから、市場に出るまでにいろいろなモチーフを検討してここにたどり着いたわけです。
でも、そうは言っても、コンセプトそのものが変わるとかそういう大きな変化はありませんよね。横溝さんのカンプからほぼそのまま真っすぐ走ってきた感じですよね。
鈴木:そうですね。道筋はまっすぐです。
慎重な御社のスタッフから、なぜあっさりゴーサインが出て、そのまま一直線に走れたのですか?
鈴木:横溝のカンプから、Yさんが感じられた、「ちょっと変」、いわゆる王道とは何か違う、というのを、おそらくスタッフ全員が感じたんだと思うんです。
?
サンリオがお日さまなら、サンエックスはお月さま
鈴木:最初に言われていた「ちょっと変」な部分というのは、サンエックスのキャラクターの伝統、みたいなところがありまして。
伝統。
鈴木:サンエックスのユーザーの方からすると、「ちょっと変」な部分が、すごくサンエックスらしいと言われるんです。よく比較されるのはサンリオさんなんですけど、サンリオさんの場合は、すごい正面きった「かわいい」という印象のキャラクターが多いです。
なるほど、お日様、ストレート、かわいさ一直線。ぱーっと。
鈴木:サンエックスの場合は、ちょっとカーブしているみたいな。
ああ、すみっコはお月様とか、ちょっと陰というか、ネガティブさがある感じですよね。
鈴木:ほかのキャラクターでは、たとえば垂れているパンダで「たれぱんだ」とか、あと、焦げたパンの「こげぱん」とか。
あっ、たれぱんだもこげぱんも御社でしたね。
鈴木:すみっコはよく「こげぱんっぽい」とも言われますね。世界観から。
思い出した。こげぱんの作者の、たかはし みきさんの本は何冊も持っています。たれぱんだの絵本も昔買いました。そうか、うちの中には御社の「ちょっと変」なキャラクターを受け止める土壌ができていたのかもしれないですね。そしてそれに触れていた子供がハマったんだ。
鈴木:当社に脈々と流れるそういうキャラクターの路線というか、系譜があるわけです。
そこにすみっコぐらしはぴったりはまったと。
「元気じゃない感じ」が大事かも
社内では何というんですか、それって。
鈴木:え?
「HPウェイ」とか、トヨタイズムとか、「サンエックスらしさって、これだろう」ということに、なにか名前が付いていたりしませんか。
鈴木:そんな言葉はあったっけ…?
横溝:ないですね。
桐野:ないと思います。
鈴木:「うちっぽい」とはよく言うけどね。
桐野:そうですね。「サンエックスっぽい」とは。
横溝:「サンエックスっぽい」という言葉は、ユーザーの方も結構使っているのを見ます。
それは、具体的に言うなら先ほどの言葉や、ちょっと真正面を向いてない感じというか、
桐野:ストレートにかわいいんじゃなくて面白い方を取るというか。
横溝:何か「元気じゃない感じ」かな。
ああ、うまいですね。なるほどなるほど。
桐野:「だめな自分も大丈夫」みたいな、そういう要素が。
うまい、桐野さん、さすが広報ですね。
横溝:「頑張らない」とかそういうのも。
桐野:結構頑張っているよね、と思うんですけれど。
ちなみに「ぐでたま」って御社じゃないですよね。
桐野:サンリオさんです。
鈴木:間違えられる方がいますね。
横溝:「サンエックスっぽい」といわれているのを見たことはあります。
鈴木:うち自身も、もっとぱっと見で「すごくかわいい」というキャラクターも過去いくつもやってきているんですけど、どうしても、成功例の多さから考えるとこの路線にたどり着くんです。
バックストーリーを語りたい!
サンリオさんとサンエックスの、その違いはどこから来るのでしょうか。たとえば、サンリオは直営(サンリオショップ)があるので「出したい」と思えば販路に乗る。一方、御社は一般流通ですよね。
鈴木:ええ、弊社の場合は流通さんのフィルターを通らなきゃいけません。そのときに、うちの営業がよく言うのは、「お客さん(流通のバイヤー)にキャラクターを語りたいんですよ」なんですね。
あ、なるほど。
鈴木:社内の展示会でも、新キャラクターを発表すると、その細かい設定やストーリーを、うちの営業はすごく楽しそうにお客さんに話している。そんなお客さんとのコミュニケーションの中で、「あ、なるほど、そういうキャラなんだね」みたいな感じで、先方も仕入れられていく、そういう部分から来る違いもあるのかなと思うんですよね。
ちょっと変で語って面白いバックストーリーがくっついてくるのが、サンエックスらしさなんでしょうかね。私の隣の席の声の大きい女子や、NBO初の女性編集長を務めたIさんもリラックマ、大好きだし。「変」なところが、大人受けするんでしょうか。
鈴木:このリラックマでさえ…さえというか、リラックマも、一番最初に登場した時のセリフは「おこしてください」という。
は?
鈴木:一番最初にデザイナーから出てきたカンプでは、上向きに寝っ転がっているリラックマが「起こしてください」と頼んでいるんですよ。
それはまた、脱力ですね。あんなに直球でかわいいのに。
鈴木:リラックマはおかげさまで大きなヒットになって、ちょっと違うふうに見えてくるかもしれないんですけど、すごい脱力系キャラクターでもあるんですよね。背中にファスナーがあるブラックさとか。
そうでした。ファスナーがありました(こちら)。
鈴木:リラックマのすごいところは、そういう背景を知らなくてもこのビジュアルの、かわいいクマ、というだけでも認められるところです。後から知って、もしかしたらショックを受けている人もいるかもしれませんけれども。
そうですよね。かわいいクマじゃなかったのみたいな感じで。
桐野:結構いまだに、「えっ、後ろにファスナーがあるんですか」と言われる方もいますね。
誤解を恐れずに言えば、御社のキャラの中ではサンリオさんでもやっていけそうなタイプでもありますよね。
鈴木:サンリオさんが後ろにファスナーを付けたかどうかはわかりませんが、前から見たビジュアルだったらサンリオさんから出ていてもおかしくなかったんですよ。
そんな感じがします。
鈴木:それをべたって寝っ転がらせたり。
桐野:よだれを垂らして寝ていたりとかして。
鈴木:そう、あえて変わったところが好きなファンの方に愛されるんですね。そして人に教えたくなる。
桐野:そういう「実は」みたいな、秘密をあさりたくなるような、掘っても掘ってもネタが出てくるみたいなキャラクターというのが、皆さんが喜ばれるキャラクターなのかもしれません。
実は、カギは「とんかつ」にあるのです
何か妄想が膨らむんですよね。横道にそれてしまいましたが、すみっコぐらしでも、そういう「実は」みたいなネタってあるんでしょうか。
鈴木:すみっコのキャラクターがストーリーを支えている1つの要因として、実は、この「とんかつ」があるんですよ。
脂身が多くて残された「とんかつ」の端っこと、硬くて残された「えびふらいのしっぽ」。二人は大の仲良しである。
おお、とんかつがキーですか。
鈴木:いい機会なのでちょっと僕も、今日、横溝に聞いてみたいなと思っていたことがありまして。
なんでしょうか、どうぞどうぞ。
(鈴木次長とY、おっさん2人がかわいいキャラ話で盛り上がりつつ、次回に続きます)
後編は明日の「もう一度読みたい」で掲載予定です。
この記事はシリーズ「もう一度読みたい」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?