最後に、ここまで述べてきた理論が日本の労働市場においても妥当であるか簡単に見てみよう。もちろん日本においても生産工程の自動化とコンピュータ管理は進められてきた。労働経済学者の川口大司氏と森悠子氏が2008年に発表した論文によると、日本の学歴間賃金格差は80年代と90年代を通じてほとんど変化していない。この事実は米国の経験と大きく異なるが、これは上で述べた理論が日本においては適用できないことを意味しているのだろうか。

 一見、理論に矛盾するように見える日本の経験を理解する鍵は、大卒労働者の需給バランスである。米国同様、日本でも高い知的能力を持つ大卒労働者への需要が増大した。しかし、大卒労働者の供給が頭打ちとなった米国と異なり、日本の大卒労働者の供給は増加を続けた。というのも戦後、70年代半ばに至るまで、文部省は政財界の要請に応える形で大学定員を拡大し続け、この時期に大学進学した層が80年代から90年代にかけて労働者の大部分を占めるようになったためだ。こうして日本では知的能力の「値段」の上昇は抑えられ、学歴間格差の拡大は起こらなかった。この日本の研究結果は、米国社会が学歴間格差縮小のために何ができるか、重要な示唆を与えているといえるだろう。

日本は大学定員の拡大進め、男女格差は未解決

 一方で、日本の男女間賃金格差の縮小ペースは極めて遅い。雇用機会均等法が成立した86年に女性は男性の60%の賃金を得ていたが、2000年になっても65%の賃金に留まっている。上で述べたような需給バランスのため、日本においては身体能力の「値段」の下げ幅が米国に比べて小さかったとすれば、男女間格差の縮小ペースが遅いことは理論と整合的だ。こうした経済状況下で男女間格差を縮めるには、制度面の改革を進めなければならない。

 例えば米国で定着しているアファーマティブ・アクション(少数派への差別を是正する措置)は、採用・昇進に当たっての男女差を積極的に解消しようとする法制度であり、特に統計的差別の解消に有用であることが知られている。こうした制度の運用には米国に一日の長があり、日本が学べる点も多いだろう。

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