※この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年4月16日に掲載したものを転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。
日本を除く経済協力開発機構(OECD)諸国で採用されている、政府による周波数免許のオークション。その生みの親が、ポール・ミルグロム米スタンフォード大学教授である。別冊「2014~2015年版 新しい経済の教科書」では、周波数オークション誕生秘話や理論的背景、さらにはミルグロム教授が経済学者になったきっかけや、共著で著した教科書『組織の経済学』(NTT出版)などの誕生秘話まで詳しく掲載している。本稿では、そのインタビューの一部をご紹介する。(聞き手は広野彩子)
ミルグロム教授は、米国で1994年から実施されている、周波数免許を入札で決める「周波数オークション」の仕組みを作った生みの親の1人です。米国では、1人の売り手と複数の買い手(入札者)による取引を、ゲーム理論も応用して理論化した「オークション理論」が使われています。
そうです。私は、博士課程の大学院生の時、ウィリアム・ビックリーという研究者が書いたオークション理論に関する論文に大変影響を受け、ゲーム理論と経済学に興味を持つようになりました。私の博士論文はオークション理論でしたし、オークションについては若い頃から研究してきました。
その後幸運なことに、米国政府が周波数免許の割り当てをオークション方式で実行すると正式に決めた時、私の論文が脚注で引用されたのです。その影響で、大手通信会社数社から私のところに直接連絡がありました。周波数オークションにあたって助言を求めてきたのです。そのうちの1社のアドバイザーとして活動したのが発端でした。
ポール・ミルグロム(Paul Milgrom)
1948年米国デトロイト生まれ。70年に米ミシガン大学を卒業、保険数理士(アクチュアリー)の仕事に数年間従事した後、78年米スタンフォード大学経営大学院でPh.D.を取得。87年から現職。著書に『組織の経済学』(ジョン・ロバーツ氏との共著、NTT出版)、『オークション理論とデザイン』(東洋経済新報社)などがある。(写真:林幸一郎)
政府の提案書を見ると、オークションの中身は複雑でしたが、これが実現すれば社会的意義は大きい。大きなチャンスだと思い、かかわることになりました。
周波数オークションで、どのような問題を解決したかったのでしょうか。
過去何百年もの間、(絵画などの入札で知られる)いわゆる「オークション」は、個々の財の競争的な価格を決める役割を果たしてきたものです。周波数免許のオークションの仕組みづくりにあたって新しく、興味深かった点は、かなり多くの異なる「財」(ここでいうとたくさんの周波数)を、同時に、最適な買い手(通信会社など)に、最も役に立つ組み合わせで配分できるところにありました。
その意味で、社会的に最も良い結果が出るように持っていくためには、オークションが、セットで売られる周波数の組み合わせ及び、組み合わせるルールを決める仕組みとなり、かつ価格決定機能を果たす必要がありました。
米国ではミルグロム教授のような経済学者が数多くの政策立案過程に本格的にかかわっています。また、経済学はビジネスにも活用されています。日本では米国ほどそうした動きはありません。経済理論をどのように使えば、ビジネスの役に立つのでしょうか?
既に、数多くの経済分析が現実への応用に生かされています。金融市場はその最たるものです。オプションの価格決定モデルなどは典型でしょう。シリコンバレーの大手IT(情報技術)企業では、グーグルやフェイスブックが経済学者を様々な理由で雇っています。彼らがインターネット広告のオークション設計に理論面で役に立っているのは良く知られています。
周波数オークションは、今のところ日本では採用されていません。どのようなメリットがあるのですか。
周波数オークションはまず、様々な意味で政府にとって役に立ちます。オークションであれば、事業への課税によって価格のゆがみを生み出すこともなく、政府に収益をもたらすことが可能です。また、周波数免許が、なるべく高い価値を生み出せる、つまりふさわしい価格で買おうとする買い手に割り当てられるようになります。それから、放送・通信事業会社の新規参入も促進します。
そしてその過程を通じて、顧客(携帯電話などのユーザー)に恩恵をもたらすでしょう。既存企業に対しては品質・実績・収益性の向上を促す力になるからです。つまりこれは、誰にとっても役に立つのです。
日本で周波数オークションが受け入れられないのは、主に政治的な理由だと私は思っています。既得権のある関係者は現状維持を好むものです。規制当局者も、周波数免許割り当てに自らの裁量を行使できる権限と影響力を保ちたいでしょう。
米国ではさらに新しいオークションを設計するそうですね。ミルグロム教授が相当かかわっているそうですが。
新しい仕組みについて、専門的にはインセンティブ・オークションと呼んで設計に携わっているところですが、これまでの周波数オークションとは2つの意味で違います。第1に、このオークションでは買い手も売り手も入札に参加します。つまり、既存の放送局にあてがわれた周波数免許を買い取って、それをブロードバンドの会社に売るわけなのですが、この売りと買いを同時にするのです。
これは買い手にとって大きなことです。ほかの周波数オークションと違って、金額がいくらの周波数免許を買えるのかが前もって分からないからです。また周波数免許を売る側、すなわち放送局側の立場は、周波数オークションにおける「新たな参加者」となります。
第2に、買い手は単に周波数免許を買い、売り手は単に周波数免許を売るだけのようにも見えますが、実際に売り買いされる権利はかなり違います。誰が売るかという情報に基づき、政府がどのチャンネル(局)が売りに出されるのか認識しつつ、残されたほかの放送局が互いに相互干渉することなく周波数免許を割り当てられ、どの免許を買い手に提示し得るのかについて判断しなければならないからです。
オークションを通じてこうした問題を解決するためには、前代未聞の複雑な仕組みが必要になるのです。米国政府は2015年6月にも最初のオークションをしたいと思っているようで、それまでに仕組みを完成させるため、鋭意研究に取り組んでいます。
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