なりますよ。こうやってお話しすると「バカみたい」って思うかもしれないけど、大人になると、ましてや50歳以上にもなると、人に褒められることってほとんどなくなります。褒められるのって、ほんとうに元気が出るの。元気がなくなっていたり、鬱っぽくなっている人が周りにいたら、ぜひ褒めてあげてくださいな。

その瀬戸内さんも、近年に病気になられたとき、うつになりかけたと本書では明かされています。

 その通りです。80歳代後半になってからガンになったり、背骨を圧迫骨折して歩けなくなったりと、けっこうな大病をしました。それまで元気が取り柄だったから、余計に歳をとってからの病気はこたえました。何がつらいって、寝たきりになることです。散々、人を褒めてうつを治してきた私でしたけど、正直まいりました。身体の自由が効かなくなること、身体中が痛いことが、これほどつらいとは。

どうやって克服されたんですか?

 いまの自分が何をしたら楽しいかを頭の中で積極的に探しました。元気になったら、おいしいご飯を食べに行こう、あれをやろう、これをやろう、とあれこれ未来に向けて想像する。一生懸命楽しいことを考えて、うつを自分で退治しました。私の場合、なによりやりたかったのは、小説を書くこと。いまでも毎日書いている。ほんとうに好きなんです、書くことが。だから、次に書く小説のことをずっとずっと考え続けました。こんな小説を書こう、そして出版しよう、って。

 幸いにして、ガンも骨折も克服することができました。おかげでいまも小説を書き続けることができます。

いまの週刊誌はつまらないことをやっています

寂聴さんは、結婚も、子育ても、恋も、不倫も、出家も、老いてから病気にかかったつらさも、もしかすると普通の人だったら「これをやったらたぶんこうなるだろうな」と脳内でわかったつもりになることを、ご自身が経験してから実感として言葉にされていらっしゃいます。

 やっぱりね、なんだって我が身で経験しないとわからないのよ。でも、そのせいかしら。私小説作家だと思われてきたんです。そうじゃない小説を書こうと思っていたのにね。私の私生活と小説とがごっちゃに批評されて、それはそれはひどい目にあいました。だったら、逆手にとってやれ、と思ってわざと私小説風に書いたりもしましたが、ほんとうじゃないの。私は物語をゼロから作るほうですから。伝記ものも手がけましたが、あれも私小説ではありません。

いまだと週刊誌の格好の標的になりそうな。

 いまの週刊誌がやっていることはつまらないですね。人を好きになるなんていうのは雷が落ちるようなものですから、防げないんですよ。それを糾弾するほうが間違っているんです。人を好きになるのはもう理屈じゃないんだから。相手に妻子があろうが、好きになるときは好きになる。だいたい世界の名作文芸作品の多くは、不倫の話ですから。

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