ホンジュラス共和国で一時検討された話ですね。ある程度までは、とてもいいことだと思っていました。ローマ―教授は大変優れた研究者ですし。ローマ―教授は成長理論の構築で大変重要な役割を果たされました。我々が専門としてきた制度とインセンティブの問題に、成長理論を専門とするローマ―教授が取り組んでいらっしゃるというのは大変斬新なことだと思います。チャーター・シティーのアイデアには魅力的な要素を多く含んでいます。経済問題については全員参加の要素が大きく盛り込まれています。しかし、政治問題に関しては排他的なままです。

そこで、3つの懸念があります。1つは、チャーター・シティーはモデルとしてシンガポールや香港をイメージしているようなのですが、マダカスカルやホンジュラスのような国でそうした貿易に根差した町づくりが可能なのかどうかという点です。シンガポールも香港も、起業家にとって絶好の立地にあるからこそ発展したわけです。しかしホンジュラスなどは国そのものに何もインフラがない。しかしこの点については大した問題ではありません。
2番目にもっと本質的な問題は、現地の政治家が信用ならないという点です。大体、ああいった国では政治家は自分の利益を追求し、腐敗し、やりたい放題です。もし彼らがチャーター・シティーを作ることを認めたとして、全く介入しないなどということが果たしてあるでしょうか。ローマ―教授も途中で気付いたわけですが、結局アイデアをもて遊ばれて、実現せずに終わってしまいましたね。
制度改革は、歴史的な条件がそろって初めて実現する
3番目の懸念は、このアイデアがデモンストレーション効果を持ってしまうことです。ある国に作られたチャーター・シティーが繁栄したとする。すると他の地域に住む国民が、「そうか、我々が貧しいのは政治家のせいなんだ」と気づいてしまう。そこで、改革を求める声が高まる可能性が高い。指導者に問題があるということをいつまでも覆い隠せるものではない。アラブの春を見てください。最後の10年、国民は皆、ムバラクとその一族が問題の一部なのだということを見抜いていました。単に、力がなかっただけでした。最初から良い制度で作られたチャーター・シティーが役に立つ可能性もある半面、これも貧困削減の特効薬にはならないのです。
貧困削減の研究で知られるエスター・デュフロ教授とアビジット・バナジー教授は、著書『貧乏人の経済学』の中で、貧困削減も国の政治経済制度がすべてだとするアセモグル教授とロビンソン教授の議論を「悲観的だ」と批判していました。
そうですね、確かに私たちは悲観的かもしれません。制度改革はすぐには実現しないのも事実です。結局それは、歴史的な文脈で条件が揃って初めて達成できるものなのですからね。しかし、(国の繁栄で)制度を重要視することは、地理的条件や文化を原因とするよりは楽天的ではないでしょうか。
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