NGOは、官僚的な組織よりもうまくやっていると。

 大体そうですね。国際組織だけではなく、政府関係者も往々にして、現場に行って思考を巡らせることをせずただ抽象的に考え、現実を全然知らないですね。そして、誰の問題も解決しないような解決策を、試行もしないで考えるのです。そして、その解決策を実行に移すことにやっきになり、結局本質的な問題を考えないで終わる。

イデオロギー、無知、惰性が政策失敗の原因

思いつきではなく現場の細かい事実の検証が重要なのですよね。共著『貧乏人の経済学』では、3つのI―イデオロギー(ideology)、無知(ignorant)、そして惰性(inertia)が失敗の原因と述べていました。これは政策全般に言えることのように思います。

 そうです。この傾向は、先進国での貧困対策についても言えますし、経済政策についても言えることです。人は、その時代、地域ではやっている考え方やイデオロギーに強い影響を受けがちです。そしてろくに現実に関する知識もないままに政策やプログラムを考え、実行した後で効果的になるよう改定することすら怠る。これが怠惰、の部分ですね。そして、その現実、事実を知らない。私はたまたま開発支援に携わっているので、こういったことに日々直面しているので、痛感するのです。

現場を見つめ、現場の小さい問題から改善していけば、大きな変化にもつながるとおっしゃっていましたが。

 そうです。本当にそう強く思います。いったん支援プログラムが実行されたら、最初は良いアイデアだったとしても、そのいい点、機能しない点を精査するだけでも、より大きな変化を起こすことができますから。

 たとえば、ブラジルではこんな施策を実施しました。ブラジルは、とても活発な民主主義国家です。選挙には大勢立候補します。しかしあまりに立候補者が多すぎて、選ぶのがとても難しい。その結果、貧困層の票は反映されなくなるのです。文字を理解しない人が多いからです。

 そこで投票を電子投票システムに変えるというシンプルな改革で、貧困層の投票能力が大きく改善し、だれが当選するか、どのような政策が実行されるかにまで影響を及ぼすようになりました。たとえ民主主義国家で言論の自由があっても、それを全員が間違いなく行使できるような仕組みづくりの視点に欠けると、本当の民主主義や言論の自由を実現できないのです。既存の政策には、そういった間違いがたくさんあります。

小さな改革が、大きな結果をもたらすという好例ですね。小さなことから変化を起こすには、虚心坦懐に現場の実態を良く知らなければいけません。

 そうです。そしてまずは果敢にやってみる。やっているうちに、最初のアイデアは少しずつ小さなことから修正されていきます。この現実に合わせた修正の積み重ねが、全体の効果を高めることにつながるのです。

需要と供給の間に、現実がある

なるほど。ところで、貧困削減の取り組みにおいて、自己責任で自立させるよう啓発すべきとする「需要型」の考え方と、ジェフリー・サックス氏のような「供給型」、すなわち大きい箱物や施設をまず作るべきという考え方と両方ありますが、あなたはどちらですか。

 どちらでもありません。その現場によって違うからです。もちろんどちらも、現実を反映している解決策ではあります。供給側から考えるのは、現実が直面している制約に着目した政策です。たとえば、学校がないというのがその典型ですね。

 一方で、需要からのアプローチは、支援する内容は人々が何を必要としているか次第だというものです。たとえば、看護師が地域で唯一の診療所での勤務をサボるので、その出勤率を改善する取り組みをしたケースがあります。でも全くうまくいきませんでした。理由は、地域住民が診療所に全く関心がなかったからです。地域にとって本来必要な施設にもかかわらず。患者に求められていないので、看護師もやる気にならなかったのです。そして、政府がこのプログラムをうまくいかせるかどうかにも住民は関心がなかった。

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