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2019年10月9日、米国のJohn Goodenough氏、英国のStanley Whittingham氏とともに、旭化成名誉フェローの吉野彰氏の、ノーベル化学賞の受賞が決まりました。「日経ビジネス」2010年8月30日号に登場いただいた吉野氏の、読者や研究者へのエールを再掲載いたします。

(写真=つのだよしお/アフロ)

 私が1980年代半ばに発明したリチウムイオン電池は、今では人々の生活の様々な電気機器で使われるようになりました。携帯電話やパソコン、情報機器などへの搭載が進み、本格的な普及が始まったのが約15年前。研究者である私にしてみれば、研究が本格的に始まった約30年前がリチウムイオン電池の黎明期だったという認識です。

 今、電池の研究はその時に匹敵する大きな節目を迎えています。携帯など小型の民生分野から、電気自動車やエネルギーインフラなど中型・大型と呼ばれる分野へ、市場の大転換が始まったからです。本格的な普及期に入るのが15年後の2025年頃。必要な電圧も、これまでの20ボルト程度から700ボルトに達すると見られています。

 電池関連の研究に携わる人には、間違いなくハッピーな時代がやってきたと言えますね。市場は広がる一方なのに、技術が十分についていっていないのですから、やるべきことが山ほどある。研究者が思う存分に活躍できる時代だと言うこともできます。

 ただし、私がリチウムイオン電池の研究を始めた約30年前と比べ、研究者を取り巻く環境は大きく変わりました。以前は、電池材料の研究など、モノ作りの「川上」に没頭していれば済んだようなところがありましたが、今後は充電システムや、それらをネットワーク化した社会インフラなど「川下」まで含めた構想力が求められます。

 技術が激動する時代は、日本の企業や研究者が大きな“宝物”をつかみ取るチャンスです。私は大いに期待していますが、心配な面もあります。

 まず、パソコンのソフトウエアのように、「川下」分野ではデファクトスタンダード(事実上の標準)を握ることが重要だということです。その点、日本企業は自分たちの製品やシステムを世界にアピールすることが苦手です。もう技術力の優位性だけでは勝てない時代なのですから、電池を無償提供しながら充電インフラを売って利用実績を積み上げるようなアプローチが必要になるでしょう。相手にメリットを与えながら、自分たちも得できるような、したたかな戦い方が必要です。

 もう1つは、若手の研究者に成功体験が少なくなってしまったことです。試行錯誤が続く研究では教科書的な解決策では済まない課題が次々と出てきます。ここでモノをいうのが経験です。

 この15年間ほど、リチウムイオン電池は改良型の研究開発が多かったので、大きな壁にぶつかってそれを乗り越えた経験があまりない。私たちの世代が若手と一緒に活動しながら、自分の成功体験を伝えていくことが、非常に大切になってくると思います。

 リチウムイオン電池は、最終製品こそ日本メーカーのシェアは5割程度ですが、原材料ベースのシェアは約85%にもなり、日本が圧倒的に強い分野です。たとえ電池の世代交代が起こっても、システム化で勝負する時代になっても、日本勢は踏ん張って存在感を示してほしい。そのためにも研究者には「今、ハッピーな時代にいる」ことを再認識して気持ちを奮い立たせてもらいたいのです。(談)

 2019年10月23日(水)開催『Future Mobility Summit:Tokyo 2019』 ――携帯通信の世界では、現行の4Gに比べると約100倍の通信速度が期待される5Gが動きだし、モビリティーを取り巻く環境も大きく変化すると見られています。本サミットでは、こうした中で自動車産業はもとより通信事業者や電機メーカーは何を狙っていくのか。新たなサービスはどこへ向かおうとしているのか。各社のマイルストーンと共に、事業化への羅針盤を探ります。今年創刊50周年を迎える経営誌「日経ビジネス」と、先端技術誌「日経Automotive」の知見とネットワークを集結し、吉野氏(予定)を初めとする国内外から各分野の一流講師を招きます。