5~6年前のことだ。私はチャールズ・ホリデー氏が米デュポンのCEO(最高経営責任者)だった頃、「デュポンも東レのように炭素繊維事業を続けてはどうか」と勧めたことがある。
炭素繊維を手掛ける東レは2014年11月、米ボーイングから新型機の主翼向けに炭素繊維製の材料を受注した。その供給期間は10年間。金額にして1兆円を超えると言われる。この事実を見ても、私の考えはあながち間違っていなかったと思う。
ところが当時、彼からはこんな答えが返ってきた。
「炭素繊維事業は45年間(当時)も赤字が続いている。もしCEOである私がそんな事業に投資し続けたいなどと主張すれば、株価は下がり、株主は取締役全員を解任するだろう」
私はこの時、世の中が株主資本主義である以上、中長期的な視点で経営することのできないつらさを彼から感じ取った。経営者が株主資本主義の欠点を分かっていたとしても、環境が変わらなければどうすることもできないのだ。
善い会社の手本を日本から
ではどうすればいいのか。
私はまず、日本が公益資本主義を実践し、世界に発信していくのがよいと考えている。かつての日本には、公益資本主義的な発想を持つ経営者が数多くいた。今でも日本には、公益資本主義を実践するための土壌があると考える。
2012年に東京で開かれた国際通貨基金(IMF)・世界銀行の年次総会。そこで私は、発展途上国を中心とする各国の財務大臣や中央銀行総裁を連れて東京見物に出掛ける機会に恵まれた。私は鉄道好きなので、自動車から見る風景だけではつまらないだろうと、大臣ら8人ほどを連れて、山の手線に乗って有楽町に行き、地下鉄丸の内線のホームも案内した。
すると、その中の一人がこう言った。
「アジアで勢いがあるのは中国だと聞いていたので、東京ではなく北京にばかり行っていた。この機会に初めて日本を訪問し、心底、驚いている。景気が悪いと聞いていたのでさぞ暗い国かと思いきや、現実は全く違う。空気はきれいだしゴミも落ちていない。交通の秩序もあり、電車に乗る人はきちんと降りる人が出てくるのを待っている。こんなにいい国は見たことがない」
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