森の中の別荘のような佇まいの林海庵

 その後10年間、東京・東麻布にある浄土宗寺院に勤務した後、多摩地区で開教を目指した。当初、笠原さんは、多摩ニュータウンの団地物件で候補地を探していたが「宗教団体とは契約できない」と断られ、ニュータウンの周辺都市で探さざるを得ない状況があった。当時はまだオウム真理教による一連の無差別テロ事件の余波が残り、新しく寺を開くには辛い時期であった。

 笠原さんは稲城市のある団地の一室を「普通の住民として」借り、9畳半の寝室を「本堂」にして、宗教活動をスタートさせた。

 赤澤さんとは異なり、笠原さんの場合は地域の葬祭業者からの紹介で檀家を増やしていった。界隈には大規模霊園が多く存在しており、霊園の管理者を通じて仏事の依頼の連絡が来る場合もあった。

 現在、林海庵を設立して10年ほどになるが、既に約200軒の檀信徒を抱え、「自立した寺」に成長した。帳簿上は500軒ほどの信者とつながりがあるという。ニュータウン近郊に住む30代~90代までの幅広い年齢層が、笠原さんを訪ねてくる。

 「おかげさまで週末は特に忙しくさせて頂いています。まだ人の流入が続いている多摩ニュータウン界隈は、あと5年や10年は、人口の極端な減少や高齢化率の上昇などの心配はないかもしれません。ですが、団塊世代のその次の世代の、宗教に対する行動パターンはどうなるか読めません。今の40代が、これから墓や寺と関わり合いを持たざるを得ない時期に入る。その時に必要とされる寺であるために、我々僧侶がやるべきことは多いと感じています」(笠原さん)。

 「寺の役割とは何でしょうか」。笠原さんに質問を投げてみた。

 笠原さんは少し考え、「人間がどうしても避けられない死を迎える上で、死と向き合い、死を語り合える場が寺だと思います」と答えてくれた。

 都市、地方を問わず、宗教を必要とする場所は必ず存在する。2つの新しい寺の設立を通して、宗教の存在意義の輪郭がぼんやりと浮かんできた。

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