※この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年11月17日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。
【登場人物】紹介
老教授
米国の大学院でドラッカーの教え子として直接指導を受け、その後長くドラッカーの同僚でもあった日本人老教授。専門は組織マネジメント論と組織イノベーション論。数年前に定年退職し、静かに日本で暮らしている。執筆の傍ら若き経営者やマネジャーを自宅に招き、相談に乗っている。対話を通じてドラッカーのマネジメント理論を分かりやすく教え諭し、マネジャー本人に気付を与えるスタイルが、多くの経営者の間で密かに支持されている。
〈悩める〉マネジャー
大手企業の40歳代管理職。将来を嘱望され、トントン拍子で昇進してきたが、突如300名規模の地域事業本部の責任者に任命される。都会の洗練されたオフィス環境から一転、地方の事業所を拠点に、組織の舵取りをする中で、部下とのコミュニケーションやトラブルの対応、社内で発生する様々な問題に日々頭を悩ませている。ドラッカーのマネジメント論に関心はあったものの、じっくりと書籍を読んだことはない。知人から老教授を紹介され、月1~2回の東京本社への出張のタイミングで、教授の書斎に相談に訪れるようになった。
(前回の相談内容はこちらから)
老教授:ようこそお越しくださいました。早いもので、今日が5回目になりますね。一つの区切りのタイミングかと思います。その区切りの回に、今日は何をお話しになりたいですか。
マネジャー:先生、本日もよろしくお願いいたします。これまでマネジメントについての様々な実践的アドバイスをいただきました。今回、私がお話ししたいのは、「リーダーシップ」についてです。
今、300人以上の部下を抱えています。多くの人間を、1つの方向に束ねていくには何が必要か、日々頭を悩ませています。非常に基本的なことではありますが、今回は区切りの5回目ということで、そのことについてじっくりお話をしたいです。
老教授:どの組織でも「リーダーシップ」は喫緊の課題ですね。マネジャーとリーダーを区別する考え方もありますが、実際の現場においてはその区別は意味がありません。変化の激しい現代には、マネジャーの役割の中に、リーダーシップの発揮が当然含まれます。
マネジャー:わが社でも、「リーダーシップ」が幹部社員に対して強く求められています。しかし、このリーダーシップが何かは明確ではありません。先生、経営学の父と言われるドラッカー氏は、リーダーシップという言葉の意味をどう捉えていたのでしょうか。まず、そこからお聞きしたいです。
信頼し、ついていきたいと思えるリーダーとは
老教授:ドラッカーの基本的な定義は、いつもどおりシンプルでした。彼は、リーダーシップについてこのように述べていました。
「リーダーの最も基本的な条件は、『フォロワー』(信頼してついてくる人)がいることだ」
どんなに高邁なリーダーのイメージを追い求めても、またどんなに高尚な理念を掲げても、信頼してついてくる「フォロワー」がいなければ、リーダーとは呼べません。そういう基本原則について、言っています。
マネジャー:リーダーの基本条件はフォロワーがいること……ですか。部下がたくさんいるからと言って、彼/彼女らが自分を信頼してくれているフォロワーかと問われれば、私も自信がありません。
老教授:そうです。これはすなわち、「リーダーは、人として信頼を得ることを何より大切にせよ」というドラッカーのメッセージでもあります。どんなに技術が発達しようとも、「企業は人」です。人と人とが信頼し合い、支え合い、刺激し合い、協働する状態をつくることが何より重要です。信頼関係なくして、組織からは何も生まれません。そのために、まずリーダー自身が信頼されることが大切です。
マネジャー:どうすれば、人からの信頼を得ることができるのでしょうか。
老教授:あなた自身は、どんな人であれば信頼し、ついていきたいと思えますか。
マネジャー:私自身が、ですか……。あまり考えていませんでしたが……。やはり、その上司、そのリーダー自身に「こういうことをやりたい」という夢や情熱を感じる人、というのが第一だと思います。「管理のための管理」「細かい指示・命令」が目的化している人ではなく、意義のある事業目的をまず自身が抱いていて、それをメンバーと共有し、その目的の実現のために、個々人が力を発揮しやすい環境をつくり、任せてくれるような人でしょうか。
老教授:なるほど。では、逆に「ついていきたくない」と思う上司やリーダー像は、どうでしょうか。
マネジャー:うーん、それも難しいな……。一言で言えば、利己的というか、不誠実な人ですよね。部下に厳しい要求をしながら、失敗に対しては部下だけの責任にしようとしたり、あるいは、部下の貢献よりも自分の功績を強調したりするような人は、論外だと思います。
老教授:ありがとうございます。もう1つ、ドラッカーがよく尋ねていた質問をさせてください。あなたが、ご自身の子供を預けたいと思える上司、リーダー像とはどうでしょうか。
マネジャー:自分の子供を、ですか……。確かに、私にも息子と娘がいますから、切実ですね。そうですね……親としての希望を言わせてもらえれば、「仕事力」に加え「人間的魅力」も有した人、もっと端的に言えば、厳しくても「愛情」を持って部下に接してくれるような人がわが子の上司であれば、こんなに嬉しいことはありません。
老教授:ありがとうございます。率直で、とてもわかりやすい理想のリーダー、上司像ですね。
「真摯さ」
マネジャー:先生にご質問いただく中で、リーダーとして部下の信頼を得ていくというのは、何か並外れた能力を発揮することよりも、人として、職業人として、ビジネスパーソンとして1つの「筋」がしっかり通っていることが大切だという気がしてきました。
老教授:そのとおりです。リーダーの人間的な部分が、「信頼できるかどうか」を決めます。それは、上司、上長として組織のマネジメントにあたる人に求められる資質と合致します。ドラッカーは、このように言っています。
「根本的な資質が必要である。真摯さである。最近は、愛想よくすること、人を助けること、人付き合いをよくすることが、マネジャーの資質として重視されている。そのようなことで十分なはずがない。事実、うまくいっている組織には、必ず一人は、手をとって助けもせず、人付き合いもよくないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰よりも多くの人を育てる。好かれている者よりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。」
(「マネジメント」より)
マネジャー:「真摯さ」ですか。誠実とか、善良である、ということでしょうか。
老教授:少し違いますね。この「真摯さ」という訳語の元々の英語は「Integrity」、つまり「一貫性」です。ドラッカーは、この資質こそが大事だと強調しています。
マネジャー:一貫している人というのは、例えばどういう点が一貫しているということでしょうか。
老教授:まさに、あなたが先ほど言われたことです。まず、自身が仕事の中で実現したい目的やイメージが明確にあって、その情熱にしたがって、チームやメンバーの力を純粋に引き出そうとしている一貫性。また、人間として、仕事人として人格が乖離することなく、一貫しているということ。向き合う相手によって態度や主張、話す内容を変えない、志を持っている、という意味で一貫しているということですね。
マネジャー:なるほど、確かに私が先ほど話した「信頼し、ついていきたい上司、リーダー像」とも重なります。
心から「真意」を語っているか
老教授:冒頭の話とつながりますが、この真摯さこそが、人々の信頼を得ていくために、リーダーや上司として何より大切な資質と言えます。ドラッカーは、こうも言っています。
「信頼するということは、リーダーを好きになることではない。常に同意できることでもない。リーダーの言うことが真意であると確信を持てることである。それは、真摯さという誠に古くさいものに対する確信である。」
(「未来企業」より)
マネジャー:その人の言うことが「真意」であると確信できる……。これまでリーダーの基本条件は、人に好かれるカリスマ性や雄弁さ、説得力といったことかと考えていましたが……。
老教授:全ての人に好かれているとか、全員から賛同を得ることが大切なのではありません。そんなことは不可能です。ただ1つ、ドラッカーが言っているのは、「心の底から、自分が本当にそう思っていること」を語るということです。内容に100%賛同できない人も、リーダーを個人的には好きでない人ももちろんいるでしょう。しかし、「自分は、心の底からこれを実現したい、これを大切にしたいと思っている」と語れる真摯な人は、信頼されるはずです。
マネジャー:自分の心からの思いと、言動が一貫している、「言行一致」であること、それが「真摯さ」「Integrity」の根幹だということですね。
老教授:そのとおりです。ドラッカーは、リーダーとして信頼を得るために、そして上司、マネジャーとして組織や人を活かして成果を上げるために、この真摯さを最も重視しなければいけないと言います。「真摯さ」というと、古くさく聞こえるかもしれませんが、どんなに時代が変化しようとも、人間組織がまとまっていくためには欠かせない、リーダーの根本的資質です。
マネジャー:他人をリードしようとする前に、「自分自身は何を目指しているのか」「この組織で、このチームで、このメンバーと一緒に、どのようなものを創り出したいのか」という点を明確にすることが大切になりますね。
老教授:そのとおりです。ドラッカーが、他の人をマネジメントする前に、自分の内面をよく知り、活かすこと、すなわち「セルフ・マネジメント」を重視しているのは、まさにそれが理由です。
「良き上司」の条件
マネジャー:良い上司の条件とも、この話はつながっているのですね。
老教授:そのとおりです。ドラッカーは、100年近い生涯の中で、様々な組織を観察し、「会社は人」だということを確信していました。だからこそ、「真摯さ」をとりわけ重視していました。「真摯さを絶対視して、初めてまともな組織と言える」とまで断言しています。そんな彼が「どのような人を上長やマネジャーのポジションにつけてはいけないか」について、このような警鐘を鳴らしています。
(1)「強みよりも弱みに目を向ける者をマネジャーに任命してはならない」
(2)「何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者をマネジャーに任命してはならない」
(3)「真摯さよりも頭の良さを重視する者をマネジャーに任命してはならない」
(「マネジメント」より)
こと組織の「長」という立場に立つ人を任命する上では、この3点に留意すべき、というのです。
マネジャー:確かに、これまでの自分の上司のことを思い返すと、組織をしっかりまとめて成果を上げる人とそうでない人の違いが、こういう点にあったのかもしれません。自分自身にとっても大きな課題です。自分のマネジメントスタイルにも見直すべき点があると、強く思いました。
老教授:大切なのは、まず自分の「内面」です。内なる情熱、志、仕事の目的に日々目を向け直して、それを率直に、愚直に仲間やメンバーに伝え、彼/彼女らからの協力や貢献を引き出すことです。あなたのように、誠実に組織や人に向き合おうとしている人であれば、そういう上司、リーダーに必ずなることができますよ。
マネジャー:先生、今回ここに来るまで、理想のリーダーや上司像を何か「自分の外にあるもの」と捉えていました。けれど、今日お話しして、その答えが「自分の中」にあることが再確認できました。同時に、これまで教えていただいたことが今日のお話により、全てつながってきたようにも感じています。
会社も、人も、社会も幸福にする仕事
老教授:これまで、「マネジャーの本当の役割とは?」「どのように目的を設定するのか?」「マーケティングとは?」「イノベーションとは?」というテーマでじっくり語り合ってきましたね。そして、今回が「リーダーシップ」。この5つのテーマは、ドラッカーの経営学の中でも根幹的なことです。あなたからの率直な問いかけに答えることは簡単ではありませんでしたが(笑)、私も対話を心から楽しめましたし、多くのことを学ばせてもらいました。最後に、以前にもご紹介した、ドラッカーのこの言葉をお伝えして終わりたいと思います。
「マネジメントとは、事業に命を与えるダイナミックな存在である。そのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない。」
(「現代の経営」より)
本来のマネジメントは、ダイナミック(動的)で、リーダーシップが求められる仕事です。人々の潜在能力や仕事ぶりに「命」を吹き込み、何かを新たに生みだす支援をし、結果的に多くの人の人生を豊かにすることができる仕事です。それだけやりがいのある、大切な仕事なのです。
マネジャー:自分自身、マネジャーという仕事にプレッシャーや義務感を感じすぎていました。先生と対話し、ドラッカー氏の考えを学ぶ中で、マネジメントによって多くの社員を笑顔にし、そしてお客様や社会に幸福を届ける、その大切な本質部分を思い出せた気がします。
老教授:「企業とは人であり、その知識、能力、絆である」――。これが、ドラッカーの一貫した思いでした。彼はもうこの世にいませんが、彼が目指した理想の組織社会を、あなたのような若きマネジャーたちが実現してくれることを、空の上から祈っていると思います。さらに素敵な成果を上げて、多くの社員を幸福にしているあなたとまた会えるのを、楽しみにしています。
(この項終わります)
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