※この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年12月24日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。
本連載は、昨年(2013年)まで米ビジネススクールで助教授を務めていた筆者が、世界の経営学の知見を紹介していきます。
さて最近は、どのビジネス系メディアを見ても「イノベーション」という言葉だらけです。いま日本企業に最も求められていることなのでしょう。同時に、最近は「クリエイティビティー(創造性)」もよく使われます。創造性はある意味イノベーションの源泉ですから、これも当然かもしれません。
しかし、ここで私が問題提起したいのは、多くの方々がイノベーションと創造性を、同じ意味合いで使っていることです。実際、「創造的な人=イノベーションを起こせる人」というのが、世間一般のイメージではないでしょうか。
実は欧米を中心とした世界の経営学では、「創造性」と「イノベーション」を明確に区別した上での研究が多く行われています。そしてそれらの結果を総合すると、実は「創造的な人ほどイノベーションが起こせない」という結論すら得られるのです。なぜこのような結論になるのでしょうか。では逆に、日本企業はこの課題をどう克服すればよいのでしょうか。
今回は「イノベーションと創造性」について、世界の経営学の近年の研究成果を紹介しながら、日本企業への示唆を考えて行きましょう。
創造性の基本条件は「新しい組み合わせ」
まず、創造性(クリエイティビティー)から始めましょう。言うまでもなく、これは「新しいアイデアを生み出す力」のことです。では新しいアイデア・知はどうやって生まれるかというと、それは常に「既存の知」と「別の既存の知」の「新しい組み合わせ」です。人間はゼロから新しい知を生み出せませんから、それは既にある知同士が新しく組み合わさることで起こるのです。
これはイノベーションの父といわれる20世紀前半の経済学者ジョセフ・シュンペーターの時代から「New Combination(新結合)」という言葉で主張されていることです。
しかし、人間は認知(脳の情報処理)に限界があるので、どうしても自分の周りの知だけを組み合わせがちです。そして、大抵の人・組織では「周りの知の組み合わせ」は終わっていますから、次第に新しい知が生み出せなくなるのです。したがって、それを乗り越えてさらに新しい知を生み出すには、なるべく自分から離れた遠い知を幅広く探し、それを自分が持つ知と組み合わせることが求められます。
この「新しい知の組み合わせ」の手段についても、経営学には多くの研究成果があります。中でも経営学者が重視するのは「人の繋がり・人脈」、すなわち人のネットワークです。今回は中でも1977年にスタンフォード大学のマーク・グラノベッターが提示して以来、世界のネットワーク研究の中心命題となっている「弱い結びつきの強さ(Strength of weak ties)」に焦点を当てましょう。
なぜ弱いつながりの方が優れているのか
人脈・友人関係など「人の繋がり」には、強弱があります。例えば親友同士は「強い繋がり」で、ただの知り合い同士は「弱い繋がり」です。直感的には強い繋がりの方がメリットが大きそうですが、実はこれまでの社会学・経営学の研究蓄積により、「新しい知の組み合わせには、むしろ弱い繋がりが効果的である」ことが、経営学者のコンセンサスになっているのです。これは、2つの理由に基づきます。
第1に、弱い繋がりからなるネットワークは、全体的にムダが少なく効率的です。例えば、AさんとBさんがただの知り合い(弱い繋がり)で、AさんとCさんもただの知り合いだとすると、もともと繋がっていないBさんとCさんが知り合う機会はほとんどありません。結果として3人の関係は、BとCが繋がらないままの、一辺の欠けた三角形になります。
ここで、この「一辺の欠けた三角形」が数多く繋がっているネットワークを想像してみて下さい。このネットワークは、全体に隙間の多い、スカスカしたネットワーク(Sparse Network)になるのがイメージできるでしょう。このネットワークでは、全体として情報波及の効率が高くなります。なぜなら、そのネットワークの端にいるAさんから反対側の端にいるZさんに情報が届くのに、重複するルートが少なくて済むので、ムダがないのです。
これに対して、Aさん=Bさんが親友同士でAさん=Cさんも親友同士だと、BさんとCさんもやがて知り合う可能性が高く、結果としてA=B=Cの完成された三角形ができます。そしてこの完成された三角形が多く繋がることでできるネットワークは重層的(Dense Network)で、情報がAさんからZさんに届くまでに重複するルートが多すぎて、ネットワーク全体としては情報波及の効率が悪いのです。
第2に、弱いネットワークは簡単に作れます。誰かと親友になる(強い繋がりを作る)のには時間がかかりますが、取りあえず名刺交換してメールをするくらいの関係になるのは、それほど難しくありません。結果として弱いネットワークは遠くまで伸び、そこには多様な知見・背景を持った人ますから、そういった人たちと弱いネットワーク上で繋がれるのです。
このように考えると、「幅広い人々からの多様な情報が効率的に流れる」のは弱い繋がりのネットワークの方で、したがって新しい知の組み合わせを求めるのに適しているのです。
「チャラ男」の方が、クリエイティブになれる
そしてこれまでの多くの実証研究で、「弱い繋がりを多く持つ人は、創造性を高められる」という命題を指示する結果が多く得られています。例えば、拙著『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)で紹介したのは、エモリー大学のジル・ペリースミスが2006年「にアカデミー・オブ・マネジメント(AMJ)」に発表した論文です。
この論文でペリースミスは、アメリカの某研究所96人の研究員を分析対象とし、各研究員が所内でどのくらい「強い繋がりの人間関係」と「弱い繋がりの人間関係」を持っているかを調べました。そして、上司が評価する各研究員の創造性スコアとの関係を統計分析したところ、やはり弱い人間関係を多く持つ研究員の方が、創造性スコアが高くなったのです。他方で、「付き合いの長さ」で図った強い繋がりの人間関係を多く持つ人は、むしろ創造性が落ちるという結果となりました。
似たような結果は、ほかの研究でも得られています。ネットワーク研究の世界的権威であるケンタッキー大学のダニエル・ブラス等5人の研究者が2009年に『ジャーナル・オブ・アプライド・サイコロジー』に発表した論文では、中国のハイテク企業151人の従業員の人間関係を使ったデータを用いた統計分析から、弱い繋がりをある程度の数まで持った従業員の方が、創造性が高まるという結果を得ています。
この主張は、職人気質の強い日本企業の開発部門などでは受け入れにくいかもしれません。あちこち色々なところに顔を出したり、異業種交流会・勉強会に頻繁に参加したり、名刺を配って人脈を広げることは、日本では「チャラチャラしている」といったイメージを持たれがちです。しかし、これまでの研究結果が示すように、そういうフットワークが軽い人こそ、実は長い目で見ると多くの「新しい知の組み合わせ」を試し、創造性を高めている可能性があるのです。
クリエイティビティーとイノベーションは違う
ここからが本稿のポイントです。では弱い繋がりを多く持って創造性を高めれば、それがそのままイノベーションに直結するかというと、実はそうではありません。
そもそも創造性とイノベーションは、学術的にも実務上でも、互いに異なる概念です。なぜなら、いくら創造的で新しいアイデアでも、それが製品化・会社での導入・特許化など、実際に利用されなければ「イノベーティブ」とは言えないからです。
アイデアは「実現(Implement)」されて、初めて周囲からイノベーティブと評価される可能性が出てきます。すなわち、創造性とはあくまでイノベーションをゴールとするプロセスの出発点に過ぎず、イノベーション成果を得るには、まずアイデアが「実現」される必要があるのです。
この点に注目したのが、米ワシントン大学のマーカス・バエアーが、2010年にAMJに発表した論文です。バエアーはこの論文で、企業内のクリエイティビティーの高い人(発案者)が、さらにそのアイデアを「実現化」するために、何が必要かを研究しました。バエアーは、そのためには発案者に2つの条件が必要だと主張します。
第1に「発案者の実現へのモチベーション」です。これは言うまでもないでしょう。例えば、「アイデアを実現まで持って行けば、上司に評価される」「給料に反映される」と発案者が期待していれば、当然実現への意欲は高まります。
しかし意欲だけ高まっても、本人にその力が備わっていなければ実現はできません。そこでバエアーが注目した第2の条件は、 その発案者の「社内での人脈力」です。しかも、「その人脈は『強い』ものでなければならない」という主張なのです。
いくらクリエイティブな人でも、アイデアを実現まで持って行くには、社内の多くの人の賛同を得なければなりません。組織が大きくなるほど、稟議書を何カ所も通す必要もありますし、根回しも必要です。ここで発案者が社内で強い人脈を張り巡らしていれば、それは大きなアドバンテージになります。社内に強い繋がりの人を多く持っていれば、彼らがサポーターとなってくれるので、アイデアが実現にたどり着く可能性は高まるからです。
この考えを基に、バエアーは米国を本拠とする巨大農産品加工企業の531人の従業員と111人の上司からデータを収集し、統計分析をしました。その結果、予想通り「従業員の「創造性の高さ」→「アイデアの実現」の関係は、その人が(1)実現へのインセンティブを強く持ち、(2)社内に強い人間関係を多く持っている場合にのみ、大きく高まる」という結果を得たのです。
足りないのは「創造性」か「実現への橋渡し」か
これら一連の研究結果は、日本企業にも重要な示唆があると私は考えます。
日本のイノベーションに関する議論の多くは「創造性」と「イノベーション」を混同しているので、結果として一辺倒な処方箋が示されがちです。しかし「創造性の欠如の問題」と「創造性から(イノベーションのための)実現への橋渡しの欠如という問題」は、まったくの別物なのです。
それ以上に重要なのが、「創造性」に求められる要件と「創造性から実現への橋渡し」の要件が、まったく真逆なことです。ペリースミスらの研究が示すように、そもそも人がクリエイティブになるには「弱い人脈」が重要です。しかし、いざ創造的なアイデアを出したら、それを社内で売り込むため、むしろ「強い人脈」を多く持つことが求められます。
強い繋がりと弱い繋がりに逆の効果があることは経営学では以前から主張されていたのですが、バエアーのAMJ論文はこれをイノベーション・プロセスの文脈で浮き彫りにしたのです。
ここまでの議論をまとめると、日本企業に向けての示唆は3つあると私は考えます。
第1に最も基本的なこととして、「創造性」と「イノベーション」は別ものであることを理解した上で、自社の問題が「創造性の欠如」なのか、「創造性→実現の橋渡しの欠如」なのかを把握することです。もちろん「うちの会社は両方足りない」という方も多いでしょうが、これまで述べたように、どちらが欠如しているかで、打ち手は全く逆になるのです。
例えば「うちの会社はアイデアが足りない」と思っていても、実は社内のエンジニアやクリエイターはそこそこ創造的なのに、彼らが社内で強い結びつきを持っていないために、実現化に至っていないだけの場合もあるはずです。このように、日本企業のイノベーションを考えるうえでは「創造性」と「イノベーション」の峻別が必要で、そのうえで自社を見つめ直すことが肝要なのです。
チャラ男と根回しオヤジのコンビこそ、最強
第2に、もし自社の問題が「クリエイティブな人が足りないことにある」と判断したら、社員が「弱い繋がり」を社内外に伸ばせるサポートをしてやることです。実際、近年増えているIT(情報技術)系のベンチャー経営者の中には、日頃から異業種交流会や勉強会に参加する人が多くいます。これは典型的な「弱い繋がり」を作る行為です。
それに比べると、既存の大企業や中堅企業のエンジニア・クリエイター・企画部門の社員らはどうしても内にこもって組織に埋もれがちです。先のIT経営者のようなことをすると「チャラチャラしている」と冷ややかに見られるかもしれません。しかし、そういう方々こそなるべく社外に出て、あるいは社内でも部門間の垣根を超えて、弱い繋がりを多く作ることが、組織として創造性を高めるのに不可欠なのです。
しかし第3に、この弱い繋がりをもった創造性の高い人を「アイデアの実現化」まで橋渡しするには、全く異なるサポートが必要になります。もちろん弱い繋がりを持つ人自身が強い繋がりも持って社内の根回しをできればいいのですが、人間はスーパーマンではないので、これは簡単ではありません。
そもそも仮に強い繋がりを多く持っても、先のペリースミスの研究にあるように、それが今度はその人のクリエイティビティーにマイナス効果をもたらす可能性もあります。そうなっては本末転倒です。
私は、この問題の解消には、人と人の「ペアリング」やチームのメンバー構成を工夫することが重要と考えます。例えば開発チーム内で「弱い繋がりを持つ開発者は、強い繋がりを持つ監督者とペアを組ませる」と言った組み合わせです。
フットワークが軽くて弱い繋がりを持つ開発者が、やがて創造性を高め、結果として有望なアイデアを出したら、今度は強い繋がりで根回しにも長けた上司がそれを実現まで持って行くのです。もちろんこれには、その上司が「チャラ男」の創造性を理解できることが条件になります。
今、日本企業に求められているのは、チャラ男と、根回し上手な上司のコンビなのです。
注)本稿の執筆に当たっては、早稲田大学ビジネススクールMBA学生の齊川義則氏と早川喜八郎氏から、有用なヒントをいただきました。ここに謝意を評します。
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