※この記事は日経ビジネスオンラインに、2014年9月30日に掲載したものを再編集して転載したものです。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。
本連載は、昨年(2013年)まで米ビジネススクールで助教授を務めていた筆者が、海外の経営学の知見を紹介していきます。
さて今年(2014年)6月の本連載で、私は「同族企業の方が、むしろ社会に貢献する」という記事を配信したのですが、その後、その記事でたった1行だけ触れた点について、複数の問い合わせをいただきました。多くの方が「もっと詳しく紹介して欲しい」と思われたポイントなのでしょう。同記事の配信直後にサントリーの新社長に新浪剛史氏の就任が発表されるなど、同族企業はタイムリーな話題でもあります。そこで今回は、その時1行しか書けなかった点を深堀してみましょう。
それは、「日本で特に業績がいい企業の経営形態は、同族企業で婿(ムコ)養子が経営をするパターンである」という事実です。今回は、このテーマを中心に「同族企業の後継者問題」について、経営学の知見を使って理論的に考えてみましょう。
米国の雇用の6割以上が同族企業
本題に行く前に、同族企業についておさらいしましょう。同族企業は正確にいうと、(1)創業家がその企業の株を一定比率所有している側面と、(2)経営者・経営幹部が創業家出身である側面の2つがあります。
実際には(1)の企業は(2)にもなっていることが多いわけですが、例えばサントリーの場合は今回外部から新浪氏を社長に迎えますので、(2)の側面がやや薄れることになります(ただし同社の取締役会メンバーには創業家出身の方がいます。)
6月配信の記事でも書きましたが、同族企業は日本だけに特有なわけではありません。例えばアメリカン大学のロナルド・アンダーソンとアラバマ大学のデビッド・リーブが2003年に「ジャーナル・オブ・ファイナンス」に発表した論文では、1992年から99年の間に米S&P500にリストされた企業403社のうち、3分の1が同族企業であることが示されています。後に紹介するヴェラ=ディーンの論文によると、米国の雇用の6割以上は同族企業によるものです。
さらに、「同族企業は、非同族企業と比べて業績も悪くない」ことも述べました。
この手の研究は世界中で行われており、本稿で全てを紹介することはできません。中には「同族企業は業績にプラス」という研究も、「マイナス」とする研究もあります。ただ、全般的には「プラス」という研究結果が多いというのが私の認識です。
蘭エラスムス大学のマルク・ファン・エッセンら4人が今年(2014年)「コーポレート・ガバナンス・アン・インターナショナル・レビュー」に発表した論文では、過去に発表された55本の実証研究をまとめたメタアナリシスによって、「米国の上場企業では、同族企業の方が非同族企業よりも業績がよい」という総合的な結論を得ています。
なぜ同族企業の業績はよくなるのか
なぜ同族企業の業績は、非同族企業よりも良くなったり、悪くなったりするのでしょうか。6月配信の記事ではこの点に踏み込めませんでしたので、今回は少し詳しく解説します。経営学では主に3つの主張がされています。
説明(1) まず、創業家が大口株主であることのメリットです。これは主にプリンシパル・エージェント理論(Principal-agent theory)という考えから来るものです。この理論は、「経営者は、企業の所有者である株主に代行して、経営をしている」と考えます。
しかし「株主の利害」と「経営者の利害」が一致するとは限りません。例えば、経営者は利益よりも企業規模を大きくすることに興味があったり、あるいは自身の名声を高めるために、株主が望まない過剰投資やリスクの高い企業買収に走ったりすることがあり得ます(エージェンシー問題といいます)。しかし、同族企業には創業家という大口株主がいますので、彼等が「ものいう株主」となって経営者の暴走を抑えることができる、という主張です。
説明(2) 創業家の心理・感情的な側面に注目する説明もあります。経営学では、社会情緒資産理論(Socio-emotional wealth theory)として知られています。例えば同族企業では、創業家出身の経営者は「企業と一族を一体として見なす」ことが多くあります。このような企業は目先の利益ではなく、企業(=家族)の長期的な繁栄を目指すので、結果としてブレのないビジョン・戦略をとりやすい、という主張です。さらに、創業家の人脈や名声、その企業だけに重要な経営ノウハウなど、「創業家でないと持ち得ない経営資産」も貢献するかもしれません。
実際、近年メディアを騒がせるような、大胆でブレのない戦略をとっている企業には、同族企業が目立ちます。例えばアイリスオーヤマは、社長の大山健太郎氏以下、経営陣のほとんどが同族で固められています。
ロート製薬は、1999年に創業家出身の山田邦雄氏が社長に就任以来、「肌ラボ」など化粧品分野への進出の成功で飛躍しています。サントリーの米ビーム社買収という大胆な一手も、社長が同族出身の佐治信忠氏だからこそ可能だったのかもしれません。
同族企業のトレードオフ
説明(3) では逆に、同族企業のマイナス面は何でしょうか。それはやはり、「資質に劣る経営者が創業家から選ばれてしまうリスク」になります。同族にこだわらなければ社内外の優秀な人材に経営を任せられるのに、その可能性を放棄しているわけです。この場合、先ほどの「ものいう株主」は逆効果になり得ます。すなわち、(資質に劣る)経営者と大口株主が共に同族であれば、その株主は身内の経営者に甘くなりがちだからです。
このように同族企業には、理論的にプラス面とマイナス面の両方があります。要は「エージェンシー問題を防ぎ、ブレのない戦略をもたらす」プラス面と、「力の劣る経営者をトップに据えてしまうかもしれない」マイナス面の、トレードオフがあるわけです。今も多くの同族企業の経営者の方々が後継問題に悩まれているはずですが、それは理論的にはこの「同族企業のトレードオフ」が背景にある、といえます。
ムコ養子同族企業は利益率も成長率も高い
ではムコ養子の話に入りましょう。
この分析結果を得たのは、同族企業研究の第一人者であるアルバータ大学のヴィカス・メロトラと、著名学者である同じアルバータ大学のランドール・モークが、京都産業大学の沈政郁(シム・ジョンウッ)准教授らと共に、2013年にファイナンス分野のトップ学術誌である「ジャーナル・オブ・ファイナンシャル・エコノミクス」に発表した論文です。
この論文では、まずそもそも「ムコ養子」という仕組みが日本特有のものであることが解説されています。通常、海外では「養子」と言えば、子供(幼児)を養子にすることです。それに対して日本では、2000年に8万790件登録された「養子」のうち、「子供の養子」はわずか1356人で、なんと残りの7万9434件(98%)は「大人の養子」なのだそうです。
次に、メロトラ・沈氏達は1961年から2000年までの長期に渡る日本の上場企業の所有形態を精査しました。その結果、例えば2000年時点の日本の上場企業1367社のうち、約3割が同族企業であることが示されています。
そして所有・経営形態と業績の関係を統計分析すると、ムコ養子が経営者をしている同族企業は、(1)血のつながった創業家一族出身者が経営をする企業よりも、ROA(総資産利益率)が0.56%ポイント高くなり、(2)創業家でも婿養子でもない外部者が経営をする企業よりも、ROAが0.90%ポイント、成長率が0.50%ポイント高くなる、という結果を得たのです。
ムコ養子同族企業の業績がいいのは理論的に当然
なぜ「ムコ養子同族企業」は業績が良くなるのでしょうか。このメロトラ・沈達の研究はデータ分析に注力していますので、理論的な説明にはそれほど紙幅を割いていません。したがってここからはあくまで私の解釈ですが、先の経営学の理論的な説明をみれば、その答えは明らかではないでしょうか。すなわち、先ほど説明した「同族企業のトレードオフ」をムコ養子はきれいに解消してくれるのです。
繰り返しですが、同族企業は「もの言う株主」がいたり、ブレのない長期的な経営がしやすい、という意味ではプラス面も大きいのです。他方でその決定的な課題は、資質が弱い経営者を創業家から選んでしまうリスクでした。しかし、それがムコ養子なら話は別です。なぜなら通常、ムコ養子は長い時間をかけて外部・内部から選び抜かれた人がなる場合が多いからです。
他方で、その人は創業家に「ムコ」として入って創業家と一体になりますから、株主(=創業家)と同じ目線で、ブレのない経営ができるのです。つまり、先の3つの説明でいえば、ムコ養子は(1)と(2)のプラス面を維持したまま、(3)のマイナス面を解消できるのです。まさに「同族企業のいいとこ取り」です。
同族企業の女性後継者に立ちはだかる壁
私は「ムコ養子同族企業なら絶対成功する」と言いたいわけではありません。あくまで「理論的に説明がつき、そして実際にムコ養子同族企業は業績がいいという統計分析の結果が出ている」ということです。
さらに言えば、どの同族企業もムコ養子が得られるわけではありません。この仕組みは男性優位の古くからの日本の慣習も影響しています。もし創業家に男子が生まれたら、その家は「ムコ養子を探せなくなる」のですから。逆に言えば、やはり同族でも女性が後を継ぐのは、なかなか困難も多いということでしょう。
ちなみにこれは日本だけの話ではないようです。「同族企業の女性後継者」の研究はあまり多くないのですが、例えば米サンディエゴ州立大学のキャロライン・ヴェラとミシェル・ディーンが2005年に「ファミリー・ビジネス・レビュー」に発表した論文では、10人の女性の同族企業経営者へのインタビュー調査から、同族企業の女性経営者は従業員の反発に合いやすく、また特に父親から経営を引き継ぐよりも、母親から経営を引き継ぐ場合に比較されがちで、トラブルが起きやすい可能性などを指摘しています。
同族企業の後継問題に求められることは
最後に、ムコ養子以外の後継者を考えている同族企業に、何か示唆はあるでしょうか。私は、これまで述べた説明から理論的に得られる示唆も有用だと考えます。
第1に、繰り返しですが、同族はプラス面もあるということです。日本では「同族」という言葉だけで、ウェットな印象が強いかもしれません。確かに、最近なら大王製紙や林原のスキャンダルなど、どうしてもネガティブな企業事件のときに同族の側面は目立ってしまいます。しかし、これはメディアでそういう面が取り上げられやすいことを考慮すべきでしょう。本稿で述べたように、客観的に分析をしてみると同族企業は業績も悪くないのです。
したがって、創業家から後継者を出すことを積極的に否定する必要はないはずです。重要なのは、やはり先の説明(3)にあったように、資質の劣る経営者を選んでしまうリスクと、株主である創業家が身内には甘くなりがちというリスクを、きちんと認識することでしょう。月並みですが、やはり「厳しい目で後継者を鍛える」という当たり前のことが決定的に重要といえます。
第2に、企業内外からムコ養子でない人材を経営者に登用する場合は、創業家とのビジョンの共有が何より重要と言えます。外から採用する人材は、能力は十分かもしれませんが、その人が創業家と一枚岩になっていないと先の同族企業のメリット(1)と(2)が損なわれてしまうからです。特に外部から経営者を探すときは、何よりも創業家をリスペクトできる人材であるべき、ということがいえるのです。
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