「日経ビジネス電子版」の人気連載コラムニスト、小田嶋隆さんと、高校時代の級友、故・岡康道さん、そして清野由美さんの掛け合いによる連載「人生の諸問題」。「もう一度読みたい」とのリクエストにお応えしまして、第1回から掲載いたします。初出は以下のお知らせにございます。(以下は2020年の、最初の再掲載時のお知らせです。岡さんへの追悼記事も、ぜひお読みください)
本記事は2009年4月3日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
(日経ビジネス電子版編集部)
(前回から読む)
小田嶋:自分はね、挑戦ということをしない人間だと思うので、女を口説いたことは一度もありません。
岡:のっけから何を言い出すんだ。
小田嶋:いや、今回は編集部から事前にアンケートがあって、最初のクエスチョンが「ご自分の中に女々しさを感じることはありますか?」というものだったから。だから、成り行きでどうにかなっちゃったことはあっても、正式に女性を口説いたことはない、と私は言い切ります。ということ。
何をもってそれが女々しさにつながるのですか。
小田嶋:いや、威張ることじゃないですけど、どうでもいい行きずりみたいな形の人たちとはコミュニケーションを取れるんだけど、片思いでこじらせるともう口を聞けなくなっちゃうくらい内向して。それを私は若いころからずっとやっていたから。たとえば中学生というのは、好きな子がいると口が聞けなくなって、それで給食にいたずらするぐらいしかできなくなるという。
最悪。
小田嶋:それがそのまま大人になっちゃったから、しょうがなかったという言い訳で、自分の女々しさの原点かな、という気がしています。

岡:でも、そういう意味で口説いたことなんかないよ、俺も。
小田嶋:そう?
岡:うん。だって何て言うの? 恥ずかしいじゃない? それで断られたら。まあ、酒を飲まないせいもあるのかもしれないけど。
小田嶋:いや、お前、いつか言ってたよ。見事なせりふだなと思って、俺は鮮明に覚えているんだ。どういうことかというと、「酒をやめたんだよね」という話を俺が岡にしたときのことだよ。酒を飲まないと、女性関係みたいなところをうまく運営することがすごく難しくなるものがあるんだが、お前なんかはもともと飲まないわけだよね。で、岡自身も、「酒を飲まないと女を口説くのに困らないかってよく言われる」と言った。しかし、そこから続けて岡が言うには、「そんなことは全然関係ない」と。
じゃあ、そういうときはどう言ってるの? と俺が聞いたら「口説くものなんですか?」って、お前は言った。
「俺は口説かなくても付き合えるぞ」、と
今日は時間も押してきましたので、この辺でお開き、ということにしたいと思います。
岡:ちょっと待ってよ。まだ始まったばかりじゃないですか。それはだから、いやいや、わざと言ったのよ、もちろん。
小田嶋:その、口説くものなんですか、という言い口がね。
岡:違う違う。それはそう言うと面白いから言ってるのよ。いや、だけど、口説いたことなんかないよ、実際。
小田嶋:分かっているさ。酒を飲まないとどうのこうのと言われる日本の風潮が嫌だから、それに対する復讐として言っているんだ、ということは俺だって知っているよ。
岡:そうだよ。だから面白いレトリックとして言ってるんだ。
小田嶋:ただ、言われた方はむっとするだろうな、と。
かなりですね。
岡:いや、だけど、説得してするものでもないだろうしさ。

小田嶋:別に酒があるから口説けるとか、そういう問題では全然ない、ということは俺も分かっている。でも例えば、終電がなくなっちゃったよ、というとき。しらふで終電はなくならないよね。
岡:そう?
小田嶋:それで、あれ、終電なくなっちゃったね、というのはウソなんだけど、気付いてないはずないんだけど、「なくなっちゃったね」と、こっちが言ったときに、相手も「あら、本当だ」と言って、お互い酒のせいにして、じゃあ、どうしようか?? みたいな第2幕への展開に必要なきっかけだ、ということなんだよ。
岡:言い訳ということ?
小田嶋:そう。だから、私はすっかり酔っちゃっていて時間を忘れていたのよ、というある障壁を踏み越える言い訳として、女の子の側に必要だということだよ。真しらふでさ、あっ、12時半なの? というのはないよ。
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