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相手の感情を優先させない

 「お先にどうぞ」と相手に譲るのは、日本人の美徳である。だが、近頃では道を歩いていても、譲るどころか、平然と人を押し退けるがごとく行きすぎる人間が珍しくなくなった。

 「小さい頃、母親に『あなたはお兄ちゃんなんだから』、いつもこう言われて弟に譲っていたのが身についてしまったのか、何事にも譲る癖がついてしまって、『私は後でいいですから』と引っ込んでしまう自分がいるんですね」

 あなたの周囲にも、こんな人がいるのではないか。

 自分を後回しにするのも事によりけりで、怒りの感情まで相手に譲ってしまうのは美徳でもなんでもない。むしろ、自分の気持ちを無視しているのに通ずる。

 8月の第1週に休暇を取りたいと思っている人がいたとする。そこへ、先輩が「オレ、8月の1週目に休みをとるからな、そう決めたから」と言い出した。確か、昨年もこの先輩に譲ったのにと思いながら、彼は「そうですか、分かりました」と自分を後回しにして先輩に譲ってしまう。

 内心では〈それは困る〉〈こっちにだって予定があるんだから〉〈私の都合も聞いてほしい〉などと腹立たしく思いながら、それを口に出さない。

 「そんな一方的な言い方は勝手すぎますよ。ひどいですよ」と、怒りをあらわにすれば、先輩もきっと「何が勝手だ、おまえだって勝手だろう」と、怒って強く言い張るに違いない。無用な摩擦は起こしたくないとの思いから、相手を優先させてしまうのである。

 でも、果たして無用の摩擦かどうか、考えてみる必要がある。

 昨年も譲って、今年もまた。〈そんなのおかしい〉にもかかわらず、相手の怒る顔を見るのを怖れて怒らないでいるのは、自分の感情を無視していることになる。その結果、「彼は何を言っても怒らない男」と、相手からも無視されてしまう。

 ダグラス・ストーン他著の「言いにくいことをうまく伝える会話術」に、こんな一節がある。

 あなた自身の感情よりも相手の感情を気にかけるのは、相手にこちらの感情を無視するよう教えているのと同じだ。

 自分を無視してほしいと思う人など、いないはずだ。ところが、相手に遠慮して気ばかり使っていると、結果として自分が無視されることに気づかない人もいる。

 ここは自分の感情を優先させるべきで、「先輩、昨年は私が譲ったんですよ。今年は先輩が譲るのが筋だと思いますよ」。このように、きちんと主張することだ。

 自分を無視し、相手からも無視された人の憤りは、次第に大きく膨らみ、最後には爆発して、手のつけられない状態になりかねないのである。

 「自分を無視する者はやがて相手からも無視される」――。この一言は、決して忘れてはいけない一言だと、私は考える。