本記事は2009年3月13日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

(番外編だったけど、前回から読む)

:この間、雑誌の取材で「リアルについて」という質問があって、そんな難しいことを僕は何年間も考えてないよ、と慌てちゃってさ。

小田嶋:リアルって、今の流行語じゃない?

クリエイティブディレクター 岡 康道氏

クリエイティブディレクター 岡 康道氏 (写真:大槻 純一、撮影協力:「Cafe 杏奴」※当時は東京都豊島区のお店でしたが、現在はリンク先に移転されています)

:そうなの?

小田嶋:うん。それはリアルだよね、とか、KAT-TUNの亀梨ライクな言葉だよ。そんな知的に考えるほどの言葉じゃない。

:昔、流行ったじゃないか、実存主義というのがさ。

小田嶋:いや、それじゃなくて、亀梨カテゴリー。

:亀梨? サルトルじゃなくて?

小田嶋:サルトルじゃない。

なまじ教養があるがゆえに答えられなかったんですね。

:答えられなかったから、思わず弟に電話しちゃったもん。(「無責任なり、60年代野郎!」参照)

そして、ますます違うものになっていった、と。

:結果として、まったく、ずれちゃった恐れは確かにある。

引っ越しを繰り返し、離婚もした自分にリアルはあるか?

小田嶋:DAIGOがよく語っている、ガチで、とかいうのとそんなに変わらないよ、ニュアンス的には。それはガチだと思いますか、と聞かれたら、まあ、ガチじゃないですか、と答える、みたいな。

:ガチってなに?

小田嶋:ガチというのは、ガチンコでということだから。

:一生懸命?

小田嶋:もろにとか。マジでとか。

:露骨にとか?

小田嶋:そうそう、露骨にとかね。まあ、ウェブとリアルみたいな対比で、リアルと言う人もいっぱいいますけどね。

:そっちの対比でいうリアルって、もう100万人が話しているから、つまらないじゃない? そうじゃなくて、例えば終身雇用制とか、家族主義とか、地域共同体とか、昔は人間をがんじがらめにするシステムがあって、それが故に人は役割を演じざるを得なかった。だから、リアルとかリアルじゃないとかいう議論なんて起こる余地もなく、人はリアルに生きていたわけだ。ところが、今はそういうものが全部崩壊した。じゃあ僕は何をしてリアルと規定するのか、と困ってしまって。まあ、小田嶋は今も昔も赤羽に住み続けて、地域にはこだわっているけどね。

小田嶋:うん。

:離婚もしてないしさ。

小田嶋:うん。

:でも僕なんか、佐賀から出てきて、って、それは親が出てきたんだけど、でも親たちと東京近郊を転々として、就職した会社も辞めちゃって、離婚もしちゃったから、リアルなものを手にした、あるいはする、というような感覚がないんだよ。

小田嶋:それらを岡は自分で壊したわけでしょう、言わば。

:確かに自分としてはのっぴきならない理由のもとに、そこから出ていった、とも言えるから、そこには、やっぱりリアリティはあるんだけど。

子どもたちを責めないで

コラムニスト 小田嶋隆氏

コラムニスト 小田嶋隆氏

小田嶋:ややっこしいよね。作るよりも壊す方にリアリティがあるというんだから。

:危ないのは、それを見ていた子どもたちの方だよね。親が会社を辞めていく様子を見ていた僕の長男は、今度就職が決まったんだけど、会社に一生勤めるなんて、はなから思ってないみたいで、非常に不安定な感じが最初からある。

 それから家庭というものも、彼にとってはそうだ。おやじたちが壊れていったんだから、自分が壊さないという保証はない。と、彼は思っているだろう、口になんか出して言わないけど。僕自身も相次ぐ引っ越しなんかで、地域共同体の役割なんて、まったく持ち得なかったから、そういう半生の中で、リアルの喪失は確実に経験したんだよね。話はそんな方向に行ったんだけど。

小田嶋:なるほどね。でも、そんなすごいテーマじゃないよ、リアルって。

:そんな簡単なのか。

小田嶋:だってあいつの歌、ほら、KAT-TUNのデビュー曲で、リアルを探す何とかなんだという歌詞があったじゃない?

よくそんなの聴いていますね。

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