アツシ:そういうことって、本人は言わないでおいて、僕がよそで「兄貴があんなことを言って、本当のファンなんだよな」って話すべきことでしょう。そこまで計算しちゃうのか、お前は、という感じでしたよね。

:そこに行くのか。

兄に生まれついた岡さんは、兄としての行動基準はどこにあったんですか。

:うーん。アツシが言ったことは、まあ、その通りではありますね。就職をするにしても、仕事を選ぶにしても、何もかもがウソくさいということは分かっていたけど、社会というゲームに参加する以上は勝った方が面白い。じゃあ、勝つためにはどうすればいいのかな、と考えるんだけど、それはあらかじめウソくささが前提になっているから、結局いいかげんなものではある。広告業界を居場所に選んだのも、世間を見渡しながら、このあたりを掘っていくとゲームに勝つんじゃないか、と思っていたフシがあったかもしれない。

小田嶋:岡はまったくアツシの言う通りの人でしたよ、昔からね。何かやるときに、自分の行為、行動を自分で対象化する。こっちは別に聞いていないんだけど、とにかくまず説明をする人でした。例えば大学に入ってアメフトを始めるぞ、っていうときも、別に勝手に始めればいいだけの話じゃない? だけど、俺は今、これこれこういう立場にいて、こういう能力を持っている、だから俺には今、アメフトしかないと思うんだけど、どう思う? という話が必ず付いてくるんだよ。

岡史観による戦略論みたいなのがあるわけですね。

小田嶋:自分がこういう戦略を持っていて、こういう道を歩んでいて、それで今この場所にいる、みたいなことを俺みたいな者に説明してくるんだけど、なんでなの?

:人間って、冗談か暇つぶしかで始めたものでも、ゲームに参加しているうちに、いつの間にか熱中して、きっかけより勝負の方に没頭してしまう、いうことがあるじゃないか。

小田嶋:でも、1回対象化するのが不思議でしたよ。例えば俺が何かを始めようとするでしょう。そのとき人には言わないですよ。

「ニセモノ」を作るか、「ニセモノだ」と叫ぶか

:そこは小田嶋が特別なんだよ。

小田嶋:確かに特に俺は言わない方だよ。でも、こいつはもっと普通にプライベートなことでも、俺は今、この辺のところにこういう粉をかけているんだよ、みたいに言ってくる。実は、岡は自分でそれをやりたいわけではなくて、でも、人に話をしたいからやっているんじゃないか、と意図を疑っていたね。

:人に言わないと、すごく不安なんだよね。

観客が必要な感じですか。

:いや、だから何人もの人に言いたいわけじゃないんだよ。だってそれじゃおかしな人じゃないか。ただ、この話の面白さが分かるやつには分かっていてほしい、と。

アツシ:僕的に解釈すると、70年代の我々というのは、中途半端にニセモノくさくて、とてもやっていられない、と。だけど、それを強引に物語にして、それに乗ることでしのごうとしていた、と思うわけです。ただ、僕にとって、70年代の人間の典型というのは小田嶋さんなんですよね。

小田嶋:こっちに来たか。

アツシ:小田嶋さんの場合は、物語というものを知り尽くしていて、しょせんは物語でしょう、みたいな目をすごく持ってやってきたよね。だから小田嶋さんは兄貴のようなゲームの戦略は取れない。2人は同じところからスタートして、反対の方向に進んでいったんだと思う。

物語を自分で作っちゃう人と、解体する人と。

アツシ:本当の物語とか、本当の文学とか、本当の芸術とか、もしそういうものが70年代に生きていたらば、小田嶋さんは絶対に文学の方に進んでいたはずの人ですよ。でも、自分で冷笑しちゃっていて進めなかった(笑)。

小田嶋さんは、そこら辺は自覚していましたか。

小田嶋:ありましたよ。

:高校2年ぐらいのときだよね、僕たちに冷笑が始まっちゃったのは。

小田嶋:上の連中の学生運動みたいなものの失敗を下から見上げて、あーあ、という感じ。

アツシ:だから60年代野郎が無責任なんだよね。理念だけ残して。

おっ。

私は岡・小田嶋世代の被害者である

アツシ:自分たちは現実においては挫折している。だけど、片を付けないで理念だけ残しておいて、あたかも60年代には素晴らしい理念があった、あるいは若者文化は素晴らしかった、みたいなことを言って、自分たちはとっとと髪を切って就職しちゃった。理念だけ残された我々は、どこをどう見ていけばいいのか。理念、理念というけれど、現実はもう違うじゃないか、ということなんですけどね。断言しちゃいますけど、小田嶋さんの文章は今も毒があるけども、高校時代の彼は今の百倍ぐらい毒があった。というか、もう燃焼の仕方が激しかった。

小田嶋:毒もそうだけども、気分的に荒れていた。今みたいに幸せじゃなかったし、今となっては自分では分からないんだけど、オレは30歳までは生きてないだろう、というふうに決めていた。

:そういう時代だったんだよ。まあアツシはそれの、さらなる被害者みたいなもんだよ。でも、その前に俺だって被害者だよ。この空気をどう読んでゲームに勝っていくか、というのが高校時代の課題だったはずなのに、小田嶋が同じクラスにいたがために、ああ、こう見るわけね、みたいな冷笑を学んじゃって。本来、俺は東大とか京大とかに行くはずで、しかも結構なスポーツマンだったのに、ものすごい変な方法論を見せられちゃってさ、あの時期に。

何もかも小田嶋さんのせいなんですね。

岡兄弟と小田嶋氏

小田嶋:そんなことないよ。

:いや、かなりある。

アツシ:小田嶋さんは悪いやつですよ。僕は中学生だったんだから、まだ文学とか芸術とか思想とかに幻想を持ってもいい歳じゃないですか。だけど、小田嶋さんがいたので、あれっ、こんなことを考えたらちょっと笑われちゃうのかな、みたいに、いつも自分で自分を冷笑するクセが付いてしまった。

:俺なんかだって、本当はもっと全然違う人生があったはずなのに。

小田嶋:お前ね、いまさら何を尻馬に乗って調子いいこと言い出すんだ。

一同:確かにそれはない。

アツシ:それはないよ。(と追い打ちをかける弟)

続きます!

撮影協力 : Cafe 杏奴

※当時は東京都豊島区のお店でしたが、現在はリンク先に移転されています

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「人生の諸問題」は4冊の単行本になっています。刊行順に『人生2割がちょうどいい』『ガラパゴスでいいじゃない』『いつだって僕たちは途上にいる』(以上講談社刊)『人生の諸問題 五十路越え』(弊社刊)

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