アツシ:でも、そういうことを始めたのが小田嶋さんですよ(笑)。僕、中学生のときに兄貴から聞いた話を今も覚えているもの。先生が休みか何かで自習の時間になったとき、みんながじゃあ自習でもするか、という雰囲気になっていたのに、小田嶋さんがさっさと廊下に出て、「あれ、何でみんな外へ行かないの?」って(笑)。

小田嶋:中学生からすると、荒れている、というより、すてきに思えるんだろうね。

:だって、中学生にとって中学を休むというのはあり得ないからね、まず。だいたい僕と弟は幼稚園から大学まで一緒で。

それはなかなか珍しいですね。

アツシ:成り行きでなぜかそうなりましたね。

嫌だとかは思わなかったんですか。

アツシ:兄弟って、お兄ちゃんがやるなら僕もやると言って、同じことを一緒にやるパターンと、お兄ちゃんがやるなら僕はやらない、と分流するパターンがありますが、うちは分流するタイプだったので、競合しないんですね。だから逆に、同じ学校に行くようになっても、全然関係なかった。

小田嶋:そこのところは、俺はちょっと意識している気味があって。兄貴が理系だというので、俺はじゃあ、文系をやらないといけないのかな、と、ちょっとそう思った気配はありますね。

アツシ:いや、そう思ったぐらいじゃ、数学テスト9回合計9点は取れないと思うけど(「息子」と「宴会芸」と「君が代」と 2頁)。

小田嶋:う。

弟は兄を見て、見る目を磨く

みんな、うっかりだまされるところでした。

小田嶋隆氏

小田嶋:しかし、こいつはいい弟だと思うな。俺は自分の兄貴を見ていても、彼のことは手に取るように分かる気がするの。弟という立ち位置から見ると、兄貴のやることはすごく見え透いていて、しかも、あらかじめ一歩先で失敗してくれるから、それを自分で修正もできるし、逆にまた同じような失敗も経験できるわけ。だから兄貴がいる人間というのは、観察眼というものを磨かれると思うね。人は女に生まれるんじゃなくて女になるんだ、とボーボワールが言ったけど、弟こそそれで、弟に生まれるんじゃなくて弟になる。

アツシ:兄貴なんかは調子のいい人間で、人生をチームスポーツとしてとらえているところがある。簡単にいうと、彼にとっての人生はゲームであって、彼自身、重厚とは口が裂けても言えないし、パワフルだし、実際にうまくことが運んだりもするし、いいかげんに人生を生きているよなあ、という気がしないでもない。だけどもある意味、歯を食いしばってふざけ抜いているような感じも、しないでもない。

そういうふうに観察するんですね。

:・・・・・・。(無言)

小田嶋:でも、だから、兄貴のいない人間というか、長男というのは、事前にモデルがないわけだから、どうやっているんだろう? という素朴な疑問があるね、俺には。

アツシ:僕も兄貴も子供時代にテレビでボクシングを見るのが好きで。70年代だから、輪島とかがスターで。

:輪島ね。

アツシ:昔はゴールデンタイムの放送だったでしょう。僕と兄貴はご飯を食べている途中なんだけど、そのまま固まっちゃうわけですよ。

 この輪島というボクサーが何ともいえないボクサーで。普通、ボクサーというのは20歳ぐらいでデビューして、20代後半で負けて引退するんですけど、彼は25歳でデビューしているんです。北海道の非常に寒いところの出身で、貧乏で床の上にむしろみたいなのを敷いて、その上に寝ていたという話で。食えないから、中学のときだかに、すでにおじさんの漁船に乗って仕事をしていた、と。

 それが東京に出てきて、建設作業員をやりながら、近所にあったボクシングジムに通い始めて、25歳でデビューを掴む。でも、彼の体形がまた、胴がずーんと長くて、ひげが濃くて、足がちょろっとがにまたで、という昔の日本人のおじさんの典型で、華やかさからは程遠いんですよ。

 しかもボクシングだってまるっきり、かっこ悪い。リーチもないし、何をやるかといえば、横を向いてぽこっと相手を打つとか、いったんしゃがんで、カエル飛びをやって打つとか、何かそういうトリッキーなことで勝っていくんです。

 だけど何がすごいかって、彼は決してKO負けしないんですよ。何回倒されても必ず立ち上がる。試合を見ていると普通は、バカヤロー、立てー、とか野次を飛ばすじゃないですか。だけど輪島の場合は、もういいよ輪島、と言いたくなる。泣けるんです。

「輪島、もう立つな!」

演歌が聞こえてきました。

アツシ:そこが70年代で、やっぱりまだ貧しい時代じゃないと、あんまり意味がないんです。これが80年代に入ると、壊れる前に倒れちゃった方が得でしょう、という感じになってくるんですが。

小田嶋:やっぱりあのころはまだ、『巨人の星』とか、『あしたのジョー』とかがあったから。

アツシ:だから輪島のそういうボクシングは非常に感動的なんですよね。で、僕と兄貴とでテレビを見ていると、兄貴がテレビに向かって叫ぶわけですよ。「輪島、もう立たなくていいんだ!」って。

感動的だなー。

アツシ:いや、そこで終わっていればいいんだけど、しばらくしてから、くるっとこっちを向いて、「こんなことを言うなんて、俺、本当のファンじゃない?」って聞いてくるわけです。

:・・・・・・。

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