小田嶋:いや、あのときね、個展には行ってないんだけど、個展を開くんだとアツシが言っていて、プランタンで準備をしているときに顔を出した、ということはあったんだよ。

アツシ:僕の記憶にあるのは卒業する前、就活しているときに、どこかの喫茶店で話をしたことなんだよね。

小田嶋:ということは高校生?

アツシ:いやいや、大学生。

小田嶋:ああ、大学生ですよね、もちろん。だって就活していたんだから。

自分で突っ込んでどうする。

アツシ:いや、なんか、小田嶋さん、外形が変わったよね(笑)。

小田嶋:昔はすごいひどかったからね。

アツシ:僕の中での小田嶋隆って、浅田彰みたいな印象だったんだけど。浅田さんって会うと怖い感じがするじゃないですか。なんかすべての言葉を逆手に取られそうな感じで、小田嶋さんも、そういう感じがものすごくしていましたからね。

小田嶋:いや、緊張してたのよ(笑)。

アツシ:いや、言葉を弄ぶということに関して、こんなにすごい人はいない、というふうに思っていたし、いまだにやっぱりそう思っていますね。言葉のバーリ・トゥードですよ。

あらゆるものに冷たい笑みを

バーリ・トゥード?

アツシ:格闘技用語で、すべてアリ、というやつ。兄貴なんかはレスリングのレスラータイプで、最初にフェイントを一発入れて、高速タックルで倒して、上から殴って勝つ、みたいな勝負の仕方なんですけど、小田嶋さんは柔術家タイプなんですよ。いけるぞ、と思ってこちらが下手にがんがん殴っていると、ひょこひょこっと関節を取られて、気が付くとすごく変な格好で、カッコ悪くされている自分、というような、そういう怖さがあるんですね。

言葉のグレイシー柔術ですね。

岡兄弟

アツシ:昔から、もう、ありとあらゆるものに冷笑を浴びせるという。

:そう、あらゆるものに。

アツシ:それはもう、あらゆるものに。

小田嶋さんと敦さんは、いつからお知り合いなんですか。

アツシ:僕が中学のときからです。で、小田嶋さんが高校生。

小田嶋:アツシは頑張っている中学生だったんだよね。あの辺で3年の歳の差というと圧倒的じゃない? 高校1年と中学1年とでは普通、勝負にならないからね。だからたいしたものだったよ。でも、あれだったら中学で浮いていただろう。

アツシ:確かに。

:小田嶋と兄貴と幾つ違うんだ?

小田嶋:ウチは2つ。アツシが頑張っていたと思うのはそこだよ。俺は20歳をすぎるぐらいまでは、兄貴には全然、抵抗できなかった。

:この、小田嶋が?

兄、それは竜巻であり、地震であり、洪水である

小田嶋:うん、そう。兄貴という存在は、それぐらい天然の災害なんですよ。偉いと思って尊敬していた、というわけじゃないんだけど、勝てないものだ、とはあらかじめ思い込んでいた。兄は世間の基準で言えば温厚な方面の、岡なんかよりよほどまともな人間でしたけどね。

:おい。

アツシ:中学生のときというのは、まだ地元に縛られているけれど、高校に入ると電車に乗って学校に通ったりして、社会の中の自分を初めて意識するようになる。で、僕にとって高校生のイメージというのは、この2人のイメージなんですよね。

何だかまずい感じがします。

アツシ:だから、高校に入りさえすれば、あとは学校に行かなくてもいいのかな、とか、そういう印象を持っていた。

なるほど、過りましたね。

小田嶋:ナカヤマの友達でオオノというのがいて、それの弟なんか、麻布中学に入ったというのに、その辺からやっぱり過ちを犯していたね。オマエ、麻布に入ったんだから、もう後は大丈夫だ、とかみんなして言って、中1の彼をマージャンの仲間に入れて。彼、麻布で一盃口を作りそうになっていたからね。

:1122。

小田嶋:結局、一盃口は達成できなかったんだけど。

:いや、そういう問題ではないだろう。

小田嶋:そう、みんなでおもちゃにして、2留3浪の何とかという形で、どこかに落ち着いたんだけど。

:踏み外したね、それは。

アツシ:僕もやっぱり高校は行かなかったですね。3分の2は出ないと留年しちゃうわけですが、実際には半分ぐらい行けば何とかなりそうな高校で。休校が多いのと誰かが返事をしておいてくれるのとで、たまに先生のところに行って、僕、何日休んでいますか? と聞くと、欠席の記録が自分の統計よりも少なかったりして、ああ、これで、あと何日休めるな、と計算して。

小田嶋:そこがすでにおかしいよ。

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