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 この事件は謎が多いといわれるが、ゴシップ的にいえば、クーデターを裏で指揮していたのは中国共産党だ、いや米国中央情報局(CIA)がスカルノを失脚させるために仕組んだシナリオだ、といった陰謀説が多々ある。いずれも具体的な証拠があるのではなく、国際情勢の分析が根拠となっている。

仕組んだのは中国か米国か

 CIA工作説については、1990年に米退職外交官やCIAオフィサーが、インドネシア軍に共産党指導者名簿を提供して、その名簿をもとに虐殺が行われたという証言や、インドネシアが旧ソ連からロシア製ミサイルを購入し照準をオーストラリアに据えているとの情報を、CIAがインドネシア軍内に潜伏するスパイからつかんでいた、といった米国報道があり、それが事件への米国の関与があったとされる根拠となっている。

 当時のCIAはキューバやイラクでクーデターや政権転覆支援(未遂も含む)を行っていたので、十分ありえる話ではある。いずれにしろインドネシア軍内は米中対立の縮図のような内部分裂がもともとあり、9月30日事件は、インドネシア内政の事件というよりは、アジアにおける米国西側自由陣営VS中国社会主義陣営の構図で起きた国際事件という解釈だ。この結果、東南アジアはASEANという西側反共自由主義同盟の名のもと結束し、アジアに大きな転換をもたらした。スハルト政権は32年に及ぶ開発独裁でインドネシア経済を成長させ、日本などもこの恩恵にあずかった。

 こういったアジア情勢変化の中、中国も米国、日本と国交を回復。冷戦構造は崩れ、中国はグローバル経済の重要な一員となった。インドネシアとの関係も改善。1990年の国交回復前後から大型投資を続け、日本とアジアの盟主の座を争うまでになった。インドネシアというマラッカ海峡に面する資源大国との緊密な関係は、「世界革命」をあきらめた今なお、中国の野望、例えば大国として米国と対峙する、ための必須条件である。当然、930事件も1998年の5月暴動も、華人虐殺の歴史をほじくることはしない。中国にとっては、インドネシアの「虐殺」といえば、1940年代前半の旧日本軍による住民虐殺を指す。