「僕は1回だって聞いてないのに、『言っただろう』と責任を押しつけてきたのは、うちの常務です。実は去年、常務の口利きで大口のクライアントと契約を結んだんです。ところがクライアントとこちらの担当者とで、もめごとがありまして。もちろん何が起こっていたかは、僕も常務から聞いていたので、情報は共有されていたのですが…」とA氏。
何でも、クライアントを担当していたのがA氏の直属の部下だったという。A氏は時々彼を呼んで、うまく交渉できるように指示も出したし、最初に話を持って来た常務の意向も逐一伝えていた。
「ところが、僕の努力もむなしく、先月クライアントから契約を解除されてしまったんです。そしたら今朝いきなり常務に呼ばれて、『今回のことは、おまえの責任だ』と言われた。耳を疑いましたよ。え、俺ですか? って感じです」
常務は、「担当者がクライアントとうまくいっていないことを知りながら担当を替えなかったのは、お前の責任だ」と言ったそうだ。
辞表を出したA氏、そして真実が明らかに
「確かに彼は僕の部下ですから、担当を替える権限と責任は僕が持っています。でもね、今回は常務が、自分の取ってきた大口案件だからと、担当者を直接指名したんです」とA氏は言う。
「常務が指名した担当者を、僕が簡単に替えることなんでできない。そもそも、一度だって『担当を替えろ』なんて言われていないんです。僕が一度、おそるおそる『担当を替えるという方法もありますが』と提案した時も、『その必要はない。今のままでどうにかしろ』の一点張りなんです」
「だから僕は、他からスタッフを補充したり、できることはすべてやった。そのことは常務にも報告してありますから、常務も納得していました。なのに、最後は『俺はやれと言った。やらなかったおまえが悪い』と。責任取れって言うんだから、辞表出すしかないでしょ。さっさと書いて、常務の机の上に置いてきましたよ」
明らかに自分だけの責任ではないのに、頭を下げ、辞表をたたきつけたA氏。今回のケースでは、しかるべき人を間に立てて、抗議すべきだったかもしれない。だがA氏は、常務の「言った、言わない」論議を受け入れ、分かりました。すべては僕の責任です」と辞表を提出したのだ。
あまりの出来事にキレたのか? それは、そうだろう。それまでのプロセスから考えれば、常務がA氏に責任転嫁したことは明白なのだ。
A氏が辞表を出したのは本気か? それとも“常務への当てつけ”か?
どちらも正解だ。
A氏は、心底頭に来ていた。「ふざけるな! 俺はあんたの言う通りやってきた。いやな裏方の仕事や交渉事も全部、俺がやったんだよ」と、本当は言ってやりたかった。でも、そんなことを言う気も抗議する気も失せるくらい、常務は態度を豹変させたのだ。
だが、この話にはもっと深くいやらしい“裏”があった。
実は、常務が「おまえの責任だ!」とA氏に言い出した前日。彼は社長に呼び出されていたのだ。大口クライアント契約破棄を知った社長は、常務にこう言った。
「今回の案件の担当者を任命したのは常務であり、常務直々の管理下で行われていた事業である。結果、契約解除にいたった最終責任は常務にあり、すべての責任を常務が負う立場にある」と。
その社長の一言で、常務は突如、保身に走った。彼は慌てふためいて、社長にこう言ったのだ。
「私はAに、担当を変えろと何度も言ったんです。それにもかかわらず、彼は変えなかった。責任は、担当を変えなかったAに取らせます」
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