小田嶋:それは、何か嫌なものに直面させられた感じというのがあるから。

:でも、みんなが思い当たることだったり、あるいは、みんなが当事者じゃなかったり、というのは表現にはなり得ないじゃないですか。

小田嶋:偏見って実はそういうもので、本人が持っている間は自分で気が付かなかったりする。自分が偏見を持っているということ自体を、自分で抑圧していたりするでしょう。

:うん、そうだね。

小田嶋:学歴なんか一番分かりやすいんだけど。早稲田あたりに入ると、在学中はみんなほかの私立をばかにするわけ、内心で。実はたいしたことはないんだけど、受験勉強中は、露骨なくらいひどい偏差値一辺倒の人間になって、それをそのまま引きずっている。

 一生それで行くやつもいるんだけど、でも、社会に出て、自分がちょっぴり酷い目にあったりすると、どんなにおめでたい偏差値主義者でも、気が付かざるを得ないときがやってくるんだよ。あるいは、自分が東大出のすごい学歴主義者で、息子が大学へ行きませんでした、なんていうと、そのおやじはひどく葛藤しなきゃいけなくなっちゃうわけです。

その葛藤こそが表現のネタなんでしょうけど。

コラムニスト 小田嶋隆氏

小田嶋:ただ、そこはいまいち東京の人間って弱いところだよね。例えばずっと東京にいると、高校時代も大学時代も、そうたいした変化は経験しないんだけど、高校がコンビニも遠いような田舎だったやつって、高校時代に門限付きで暮らしていたのが、東京へ来ていきなり100%自由になるじゃない? その、ものすごくでかい落差、サナギがチョウになるような変化というのを、俺なんか経験していないから。

:しかも学校の雰囲気は明らかに小石川高校の方が大人っぽかったじゃない?

小田嶋:そう。だから、大学入った瞬間は、田舎から来たやつがすごく子供っぽく見えたのね。でも、夏が終わると、そいつが女と住んでいたりするのよ。

:一体どうなっているんだ、と。

小田嶋:ちょっと違うんじゃないの?? 田舎モンってすぐくっつくから嫌だよ!! みたいな、そういう話になってくるのよ。

ひねくれに、妬みが加わって。

:1976年、僕らが大学に入学したときに「POPEYE」が創刊したんだよね。それで、田舎出身のやつは特に創刊号から「POPEYE」を取っている。そいつの下宿へ行くと、ヤシの実みたいなのが部屋にあったり、やりもしないのに、どこかで拾ってきたサーフボードがあったりして、何かカリフォルニアみたいになっているわけ、畳なんだけど。かなり奇妙だったよね。

小田嶋:それはうらやましかった。

:おい。

田舎者の方が都会に強くなる

小田嶋:だって俺なんか高校で都会派の高校生を気取っていたけど、考えてみれば池袋と新宿しか行ったことがなかった。渋谷になると、もう、ちょっと遠いところなのね。

滝の向こうなんですね。

小田嶋:そうそう。だけど自分では東京4学区、リトル東京の範囲で、ちゃんと暮らしていたつもりで。そこが田舎のやつは、どこから出てきたにしても、がっと出てきて、東京に来ちゃったぞ、というので半年ぐらいの間に東京中を探検し尽くすわけ。そうすると俺なんかより全然詳しい。お前、何で渋谷にこんな詳しいの? というやつになっているわけ。

:そうそう、詳しいんだよ。

小田嶋:俺は今でも渋谷なんか、まだ分からない。住んだことがあっても、全然アウエーな状態。

:六本木なんて、とても、とても。というか、僕のホーム感覚は東京4学区ですらないんだよね。それはどこかというと、小学校3年から中学2年のときまでいた国立駅の近く。中央線に乗ると、吉祥寺を過ぎ、四谷を越えたところでばんと東京になる。その感触が今も残っている。

 ものの見方というのは、小学校から中学にかけて、かなり決定的に養われるもんだね。だから僕の東京感というのは、中央線沿線の西の方から見ている感じ。東京の真っ只中にいるのではなく、傍観者の立場で東京を見る、という方が落ち着く。

小田嶋:ペリオイコイというやつだね。

一同:は?

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