「日経ビジネス電子版」の人気連載コラムニスト、小田嶋隆さんと、高校時代の級友、故・岡康道さん、そして清野由美さんの掛け合いによる連載「人生の諸問題」。「もう一度読みたい」とのリクエストにお応えしまして、第1回から掲載いたします。初出は以下のお知らせにございます。(以下は2020年の、最初の再掲載時のお知らせです。岡さんへの追悼記事も、ぜひお読みください)

 本記事は2008年2月15日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

(日経ビジネス電子版編集部)

(いつからアルコール中毒話に? 前回から読む)

会社員でなくなった後にゴルフを始めた小田嶋さんは、ゴルフに熱中した後、アル中になりました。中毒の対象がいつの間にかすり変わってしまったのですが、きっかけはあったのでしょうか。

小田嶋:いや、飲んでいるうちに、どんどんひどくなってしまった、ということですね。そうするとゴルフに限らず、あらゆることが全部だめになっちゃう。酒は10代からずっと飲んでいたわけなんだけど

:自分でやばいな、と思う時はあったの?

小田嶋:幻聴が出たんだよね。ただ、初めは幻聴だと思わなかったの。何か隣の部屋で殺人の相談をしている、と。これは通報した方がいいかなと思って、部屋の壁にコップを付けて、耳を近づけたんだけど、肝心なところが聞こえないわけ。

「あんた、大酒呑みだね」

その姿だけで、すでにかなりまずいですよね。

小田嶋:ですよね。で、「参ったな」とひとり言を言って、テレビをつけたら、女優さんが「それは違うわよ」とか言っていて、その声が真後ろからもう1回聞こえる。俺は、えっと思って、それで今度は部屋の外の電車の音が、ガタンゴトン、ガタンゴトンではなくて、何だ何だ何だ、と聞こえる。「なんだ、なんだ、なんだ」と、完全に人間の言葉で言いながら走っているんですよ。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏

クリエイティブディレクター 岡 康道氏 (写真:大槻 純一、撮影協力:「Cafe 杏奴」※当時は東京都豊島区のお店でしたが、現在はリンク先に移転されています)

平仮名が「なんだ、なんだ」と。

小田嶋:これ、明らかに幻聴だなと思って。

:でも自覚できたんだ。

小田嶋:そう。ただ、アル中の幻聴だと思わなくて、俺は頭が狂ったんだなと。

:むしろ。

小田嶋:それで友達に電話して、彼の助言に従って、赤羽の心療内科というところに出かけたんだよ。

:受診のきっかけは幻聴だったの?

小田嶋:そう、幻聴。それは5日ほど酒を抜いたゆえの禁断症状だったわけなんだけど、その時はそう思っていなくて。そのころ、時々ひどく飲み過ぎて、翌日に迎え酒どころか、水さえも飲めなくなっちゃう日があったの。だからひとつ、酒を飲むのをやめようとちょっと反省して、抜いたんだよね。ところが、その5日間はまるで寝られないわけよ。でも頑張って酒を飲まないでいたら、幻聴が聞こえてきたという。

:それは真面目にやばいよ。

小田嶋:それと、ティッシュの箱があるじゃない。あの、箱からしゅっと出ている紙が、手に見えるのよ。

一同:はあ。

:でも、よく医者に行ってくれたよ。

小田嶋:精神科の医者って偉いな、と思ったのは、最初すごく優しいわけ。

 要するに不安な人が来るわけだから、初めは、どうしました? という感じでさ。そのうち、お酒を週に何回、どれぐらい飲みますか? という話を聞いたりしていくんだけど、その途中で、あなた、大酒飲みだね、と言った時の顔が厳しくなっちゃって。

その厳しさに、ちょっとしびれて。

小田嶋:はい。アル中患者は甘やかしたらいけないのね。医者は、不安神経症の人とか、うつ病の人とかに対しては…

コラムニスト 小田嶋隆氏

コラムニスト 小田嶋隆氏

:優しいよね。

小田嶋:優しい。すごく優しい。だから俺にも最初はすごく優しかった。でも、あなた、大酒飲みだね、と見破って。いや、酒は確かに好きですよ、と言ったら、いや、あなた、これは完全なアル中だよと、診断が下されたんだよね。

:今度は厳しくね。

小田嶋:全然、厳しいの。鬼みたいになって。あなたね、こんなことをやっていると、まだ今は30代だから困った酔っぱらいぐらいのところにいるんだろうけど、40代で酒乱、50代で人格崩壊、60代でアルコール性痴呆だよ、と、すかっと言われて、ありゃって。

「ちょっと困った酔っぱらい」くらいに思ってた

すごい人生設計ですね。

小田嶋:言われるまでは自分では、愛嬌のある酔っぱらい、ぐらいに思っていたわけなんだけどね。ま、ちょっと困った酔っぱらいかな、と。

:人に暴力を振るったりとか、そういう酔い方じゃなかったんだ。

小田嶋:そういう方じゃなかったけどね。でも何かいろいろ忘れたり、トラブルは散々あったから。

結婚はもうされていたんですか。

小田嶋:していました。ちょっと嫁さんも困っていて、彼女は最終的なところはあんまり一緒に住んでなかったね。

それはそうでしょうね。

:子供もいたでしょう。

小田嶋:そう、子供もいた。子供を風呂に入れるんだと俺が言い張って、床に落っことしていた。

:とんでもない。

小田嶋:頭を打った子供が血だらけになった様子を見て、ワハハなんて笑っていたり。

しかし、よくぞ生還され、今、ここにいらっしゃるというか。小田嶋さんも岡さんもお酒、全然飲まないですし。

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