「日経ビジネス電子版」の人気連載コラムニスト、小田嶋隆さんと、高校時代の級友、故・岡康道さん、そして清野由美さんの掛け合いによる連載「人生の諸問題」。「もう一度読みたい」とのリクエストにお応えしまして、第1回から掲載いたします。初出は以下のお知らせにございます。(以下は2020年の、最初の再掲載時のお知らせです。岡さんへの追悼記事も、ぜひお読みください)
本記事は2007年12月21日に「日経ビジネスオンライン」の「人生の諸問題」に掲載されたものです。語り手の岡 康道さんが2020年7月31日にお亡くなりになり、追悼の意を込めて、再掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
(日経ビジネス電子版編集部)
(本日掲載の、前回から読む)
岡さんは行ったことがないそうですが、小田嶋さんは、セカンドライフに行ったことはありますか?
小田嶋:見たことはあるけど、歩き回ったというわけじゃ全然なくて、こういうものなんだよ、と人に見せてもらっただけ。それで、ああ、これを流行らせようとしているんだな、という感じは得たけど、歩いてみたいとは思わなかったですね、あまり。
あれは容姿も自分の好きなように変えられるというのが面白いな、と思ったんですけど。
小田嶋:僕はずっと昔にニフティでやっていたハビタットを思い出して、ハビタットがここまで進化したのかという感じを抱きましたね。
岡:セカンドライフの中では、すでに犯罪とかも起きているらしいね。だから、ファーストライフで果たせないことを全部やってみるみたいな場所になっているのかもしれない。
藤沢周平はRPGにしてセカンドライフだ
小田嶋:普通のRPGなんかでもちょっとその気味はあるでしょう。「ウィザードリィ」を初めてやった時に、その感触は持ったよね。
岡:そうなの?
小田嶋:なんかRPGにはまる時期というのがあるのよ。何かから逃れたい時に入っていくということが絶対にある。俺はその当時すごく忙しかったのかな。「ウィザードリィ」に本当にはまっていってね、自分の町より詳しいわけだよ。あと「ザナドゥ」というゲーム、あれにもはまりましたね。

クリエイティブディレクター 岡 康道氏 (写真:大槻 純一、撮影協力:「東京目白・花想容(かそうよう)」※当時は東京目白のお店でしたが、現在はリンク先に移転されています)
岡:それは、例えば藤沢周平の小説をもう読まずにはいられくなる、という感じなんだろうか。
小田嶋:ああ、それとちょっと近い、近い。
岡:僕なんかは、こう、だんだん海坂藩の地形が分かってきちゃって。
小田嶋:そうそう、そういうのが分かってくる。
岡:だからこの森を抜けると海なんだよな、みたいなことを、読みながら。
小田嶋:そういうことだよ。
岡:あれはある種のセカンドライフ幻想だよね。俺は牧文四郎じゃないけど、牧文四郎の友達だ、みたいな気持ちで読んでいる。やばいよね、藤沢周平は。
小田嶋:藤沢周平は、俺は酔っぱらい時代に読んだからますますだよね。一時期、時代小説って俺、必ず酒とともに読んでいたのよ。飲みながら読んでいたから、酒をやめちゃって読まなくなっちゃったんだけど、なんか独特のものがありますね。
どういう相関関係があるんでしょうか。
小田嶋:いや、分からないですけど、酒を飲む時って、酒だけをずっと飲んでいるわけにはいかないから、何かに入っていかざるを得なくて。で、誰かと話すか、音楽を聴くか、何かある時期に、時代小説がちょうどいいや、ということに気が付いて。飲みながら読んで、気が付くとどこまで読んだのか分からなくなって、それで寝て、また起きたら飲んで寝る、ということをずっと繰り返していたの。これが酒なしで読んでみると、うまく入れない。酒との条件付けで、セットで覚えちゃったものだから、酒を飲まなくなってからは藤沢周平をまったく読まなくなっちゃった。
岡:司馬遼太郎はもう読めない、という話は前にしたっけ。
小田嶋:いや。まだ聞いていないな。
岡:そうか。あのね、坂本龍馬みたくなれるのかなと思っている時に、司馬遼太郎の小説というのは、ものすごくいいわけだ。中学とか高校の時ね。
そのころまでは、胸をわくわくさせながら読むけど、ある時、坂の上に雲なんかないじゃないかと分かってくる。俺は勝海舟でも坂本龍馬でもないじゃないか、全然。とかになってきて、そして時代小説なんて意味ないなんて思って、しばらく離れるんだよ。で、長じて藤沢周平を読む。すると、あれは「プロジェクトX」なわけですよ、武士のね。
小田嶋:ヒーローじゃなくて無名の。
岡:ヒーローじゃない無名の武士が、ある誇りのために生きて死ぬ、みたいな話だろう。すると、そうなんだよ、といきなり傾斜しちゃうわけ。だって「プロジェクトX」もそうでしょう。あれで役員になりました、というのはほとんどいなくて、そのまま定年を迎えました、と。だけどいい仕事をしたんですよ、ということじゃないですか。
小田嶋:司馬遼太郎はそればっかりじゃないけど、偉大さとか非凡さとか、そういう方向の人たちを描いているよね、どっちかというと。
岡:そうそう。偉大で非凡だった。なのに染みるような笑顔だった、みたいな。そういうことで参っちゃうわけでしょう、読む方は。藤沢周平はそうじゃないんだ。この人たちは無名だったんだ、生涯、という。
小田嶋:無名で平凡であるけれども、小さな意地を持っていた、みたいなところだよね。
岡:だから40歳を過ぎたら藤沢周平の方が来るわけですよ、これが。
しかし、結構、じいさまになるまで司馬遼太郎のファンというのは存在しますよね。
岡:ばかでしょう、それは。だって坂の上に雲が、お前、あったのかよ、あなたの生涯で、という。
小田嶋:一種、『俺の空』(注・本宮ひろ志の漫画)だからね。
岡:『俺の空』ですよ。
小田嶋:知的な戸川万吉ぐらい。そして必ず銀次も出てくるんだよ(注・いずれも本宮ひろ志作『男一匹ガキ大将』の登場人物)。
岡:藤沢周平はそうしたら、『人間交差点』とか、あっちに行ってるわけなんだよ。
市井の方なんですね。
岡:だけど深いな、と(笑)。
小田嶋:司馬遼太郎が本当にそう思っていたかどうかは分からないけれども、人間には非凡な人間と平凡な人間がいて、平凡な人間のことは俺はどうでもいいんだ、という感じの描かれ方になっちゃっていたりしているね、多少は。
岡:多少はというか、メジャーな人にこだわるよ、徹底的に。
小田嶋:生まれた時からこの人はものが違うんだ、みたいな話。その人の本当を私は知っているんだ、という書き方だよね。
岡:だって一番平凡な人で大村益次郎あたりでしょう、司馬遼太郎が書いた中では。
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